04-2
デズモンドに言われた通り、川沿いの土手をしばらく夕日の方に歩いていると、小さな集落が見えた。
幾つかの家屋や家畜小屋、だろうか。
集落の外には柵も広がり、その中に複数の牛や羊のような影が見えた。
それら足下にも影が見える。鶏のようだ。何羽かは柵から出て自由に地面を突いている。
各家の煙突からは煙が上がっていて、生活している気配がうかがえた。
戸惑う事なく巳央はそちらに向かう。
陽成は小坂と一度、視線を交わした。
見知らぬ人達の中にズカズカと踏み込むのは、気後れする。だが、スルーするわけにはいかない。
「仕方ない、行こ」
小坂も「うん」と言って巳央の後を追う。
「お、坊主。ナニしてんだ?」
巳央の声がした。
「もうすぐ陽が暮れるから、あいつら小屋に入れんだよ。忙しいんだからジャマすんなっ」
「お。悪りぃ」
小学生くらいの子が巳央の影から走り出た。
膝丈のパンツをはいて、身軽そうに走っている。
六年生、よりも少し幼く感じた。四年生、くらいだろうか。
集落に入ると、土の道には石が埋め込まれていて、飛石状態だった。
でも表面は平かだ。一応、整備されているらしい。
家屋はレンガ造りが主で、小屋のような物は木造みたいだった。
メインストリートを真ん中に、左右ズラリと建物が並んでいる。
外から見たらあまり大きな集落には思えなかったが、中に入ってみると結構な住宅街に思えた。
チラホラと人を見かけるが、どれも子供のようである。
「おい、お前らっ」
背後から声が突き刺さり、横の小坂がくっついて来た。驚いてしがみついたようだ。
陽成が振り返ると、棒を構えた男の子がふたり、こちらを睨んでいる。
「どこの人間だっ!」
確かに、自分達余所者が突然現れたら警戒されても仕方ない。
「何しに来たっ! 用が無いなら、すぐに出て行けっ!」
ふたりの子供は、さっきの子より幼く見える。
三年生、くらいだろうか。十歳前後だろう。
とても痩せて、日焼けして、服も肌も薄汚れている。
泥んこになるまで走り回る年齢、と言えば年齢だろう。
でも、違和感がある。
この国がまともに運営出来ていないだろう事は、分かっている。
この違和感は、もしかして。
その痩せて薄汚れているのは、もしかして。
遊び回っているから、と言うわけではないのだろうな。
つまり生活水準が……低い、と。
でも建物は古いけど結構シッカリしているようだし、古くてシッカリしていると言うのは基礎が出来ていると言う事なのだろうし、だとしたら、文化水準が低いわけではないだろう。
――一度繁栄してから衰退した、って事かな。
「早く答えろよっ」
陽成は戸惑い、巳央を見た。
彼はつまらなそうな表情で子供達を見ている。
巳央は子供にだってケンカを売りかねないが、そんな表情であの子達に暴力を振るったりはしないだろう。
「私達は、旅をしている途中なの! ねっ」
少し高い声で小坂が言った。
陽成は袖を引っ張られ「うん」と言って話を合わせる。
「……本当か?」
やはり子供は子供だ。この程度の嘘でも信じるのだな。
「ねぇ。旅、ってなぁに?」
少年達の後ろから、もっと幼い声がした。
視線をやると、粗末なワンピースを着た幼い女の子が立っていた。七歳くらいか。
たんぽぽみたいな髪の色をしているのに、やはり薄汚れている。
「シャーリー、危ないから自宅へ戻ってろ!」
「おい、お前ら……」
巳央が静かに声を出した。
別にあの子達を驚かせないように、などと言う配慮は持っていないだろう。
「必・死・だ・な」
その言葉に少年はイラッとしたのか。
「だったら悪いかよっ!」と怒鳴り返して来た。
「そいつは妹か? 幼い子に、あまりみっともない姿を曝すんじゃねーよ。不安になるだろうが」
一生懸命頑張っている子供に向かって、なかなか厳しい要求である。
「アニキなら余裕を持って構えてろ。例え本心では怯えて不安で泣きそうであろうと、虚勢くらい張れる男になれ」
「怯えてねぇ!」
「ウソつけ」
そこで巳央はやっと、いつものようにニヤリとした。
「ムダに力が入ってるから震えてるんだよ、筋肉がな。だからお前の手だって声だって震えてんだろーが。カッコ悪リ」
なぜ神経を逆撫でするような言い方をするのか。しかも嬉しそうに。
「おい小坂、あいつらの持ってる棒、奪い取って来い」
振り向きざまに巳央は言った。
陽成の袖から手を離さない小坂がビクッ、としたのを感じる。
「ちょ……なんで私がっ」と、陽成が言われた。
「ぼっ僕に言われても」
「早くしろ小坂っ」
「あの人に何とか言ってよっ」
腕を、強く掴まれる。
「うっ、巳央っ。どうして小坂さんなわけっ」
「小坂じゃねーとダメなの。そのガキが小坂に乱暴したら、その程度のヤツらだって事だ。俺らも遠慮は要らなくなるだろうが」
少年達が「うっ」と動揺したのが見えた。
女の子に暴力を振るうようなら、と言う理屈は確かに分かるけど。
「女に平気で乱暴出来るなら、マトモなガキじゃないってコトだ。自分の妹にだっていつその矛先を向けるか分かんねーってコトだぞ。サッサと行け小坂っ」
小坂は言葉では反論しないが、感情がそれを受け入れられないらしい。
陽成の脇腹に何度もパンチが打ち込まれた。五発六発七発……何発殴られるんだろうかと不安になった時、小坂は陽成の身体を突き放した。
「もぉ、分かったわよっ! 行けばいいんでしょ、行けばっ」
小坂はイライラを地面に叩き付けるように、ザクザクと歩いた。
少年達は少し気後れしたのだろうか、ちょっと引いているように見える。
そして彼女はふたりの少年の前に立ち。
「さぁ! それを渡してちょうだいっ」
右手を差し出す。
少年達は戸惑いを隠せず、お互いの顔を見合わせて頷き合い。
口をムッと曲げて、素直に棒を差し出した。それを受け取る小坂。
彼らは小坂と比べても、まだまだ幼い。身長差も結構ある。
あんなに幼い子達が必死で生きてるなんて、ここはどう言う世界なのだろう。
――うさぎが必死で解決策を探しに、遠い異世界の〈日本〉まで来たんだもんな。まともなわけないか。
だったら巳央も、もう少し優しくしてあげればいいのに。
――だけど下手に出て拒絶しまくられたら、実情を知る事も出来ないか。
彼らの情報を得るのに、無駄な時間がかかるだけだ。
小坂が戦利品を持ち、引き返して来た。そして棒を巳央に突き出す。
「よくやった。褒めてつかわす」
それだけ言って、巳央は棒を受け取らない。
「早く取ってよっ」
「要らねーもん、そんなモン。そのヘンに捨てとけ」
巳央は視線で道端を指した。
小坂の顔が一瞬引きつり、その後、怒りの表情に変わる。
そして近くの建物の壁沿いの、地面に向けて思い切り投げ捨てた。
ぶわっ! と砂埃が舞い上がる。
再び小坂は陽成の隣へ戻って来た。
そしてまた袖が彼女に引っ張られる。グイグイと不満そうに、何度も引っ張られる。
布が傷んでしまいそうだから正直、止めて欲しいんだけど。来年まで着る予定なのに。
「お前らの秘密基地だかアジトだか、あるだろ。案内しろよ」
「はあっ? ざけんなっ」
「旅人を持て成す礼儀も知らんのかぁ~、教育水準低過ぎだな。お前ら、ちゃんと躾て貰えてるのか? 教育って大事なんだぞ?」
「ちょ……そんな言い方するなよ、可哀想だよ」
陽成が巳央に抗議をすると、彼はまたニヤニヤした。そして子供達に向かって言う。
「どうよ? こいつの言動見てお前ら、恥ずかしいとは思わないのか」
「どう言う意味だっ」
「お前らが牙を剥き出しにして吠えてる相手から、こんな風に同情されてるんだぞ。ミジメじゃないのか」
「ちが……僕は、彼らの事は何もっ。巳央がキツ過ぎるって言ってるの! それに知らない人を警戒するって普通だし、大事な事だよっ。いきなり現れて要求を突き付けてばかりの巳央の方が、ダメだと思うっ」
「ほらな?」と少年達の方を見て笑う巳央の胸を、陽成は何度も殴った。
本気でなんて殴れないから、彼の身体が小さく揺らぐだけだ。
その時、陽成の耳に少年達の気配が伝わって来た。
振り向くと彼らは顔を寄せ合い、どうしようか相談しているようだった。
「別に俺は、お前らの自宅に連れて行けなんて言ってないよなぁ~。この気配から察するに、ほとんどが空き家なんだろ? そのどこにでもいいからとりあえず案内するとか、その程度の知恵も回らないのかぁ~?」
「分かったよ、うるせぇな! シャーリー、キース兄さん呼んで来い。俺らウォルジーの家へ行くから」
少女は素直に「は~い」と返事をし、どこかへ走り去った。
「ねぇ。さっきの子、神経太そうだよね」と小坂が小声で、陽成に向かって呟く。
「女の子? どうして?」
「だってお兄ちゃん達が警戒して怒鳴っている相手が居たら、普通は怯えて泣いたりするでしょ。見知らぬ人が意地悪そうにニヤニヤして、主導権握ってるんだよ? しかもアジトへ案内しろ、だって。悪役じゃん」
「聞こえてるぞ小坂っ」
陽成の袖を握って離さない小坂がまたビクッ、とする。
「地獄耳ィ。意地悪そうって言われて、傷ついたのっ?」
「んなコトで? アホかお前は」
腕がぐいっ、と強く締められる。
「アホって言われたっ」
「挑発するからだよ……痛いよ」
「うるせぇ余所者だぜ」
少年は呟いて、歩き始めた。全員で彼について行く。
「お前も思うだろ? こいつアホみたいって」
「お前らのケンカに俺らを巻き込むなっ」
「そう頑になるなよ。あ、そうだ。面白い遊び教えてやろっか」
「うるせぇ黙って歩け。遊びになんか付き合ってられるか」
「つまんねーなぁお前。あいつがお前くらいの時は、もっとウスボンヤリしてたぞ」
――あいつ、ってもしかして僕の事かな。……ウスボンヤリ?
「特に算数が苦手でさー、夏休みの終わりに毎年号泣してたな。ドリル全然進んでないんだぞ」
「ちょっと! 今、関係無くないっ?」
「見ろよ、顔真っ赤にしてるだろ。全部事実だからな」
「巳央っ」
「お前の変わりに毎日、絵日記用の天気を記録してやってたの、俺だぞ。最後に慌てて描くの、俺は分かってたからな」
「感謝してるよっ。だからって、今、そんな話しなくてもっ」
「へーえ。そんな子供だったんだぁ」と小坂も少し嬉しそうな声を出した。
「何だよ、小坂さんまでぇ……もうヤだ」
バカだったんだね。とか言われたらショックである。だが。
「可愛いかったんだね」
――……え。
「んだ小坂。お前も休みの終わりに号泣組だったのか」
「私は最初に終わらせて休みをエンジョイする方だったよ。私が嫌いなのは今でも、体育祭………………」
その言い方があまりにも暗過ぎたので、陽成は「あはは」と笑った。確かに小坂って、体育であまり活躍はしない方だ。
「何笑ってるのよ、算数で号泣してた人がっ」
「う……スミマセン」
「ちょっとは自分の立場考えて笑いなさいよねぇ」
――立場?
小坂が耳に顔を近づけて来て。
「あの人に意見を言えるの、湯山くんだけなんだからねっ。もっとシッカリしてよっ」
意見くらい自分で言えばいいのに。と陽成が思った時。
「だから聞こえてるって言ってんだろ、小坂ぁ」
「盗聴止めてよっ」
「誰が盗聴してんだよ、お前の声がデカいだけだ。陽成も言ってやれ、耳元でうるさいって」
「俺が言ってやる! お前ら本当にうるさいっ」
少年が怒鳴った。
巳央と小坂がムッとした表情に変わる。
陽成は誰にも気付かれないように小さく小さくゆっくりと、ため息を逃した。




