神の与えたもう試練
(くそぅ……、なんで俺がこんな目にっ!)
ここ二週間、もうお馴染みになってしまったこのシチュエーション。
鉄の朝は早い。空が白み始めた頃、スズメがちゅんちゅん鳴き出す、早朝五時にカナンのお迎えで十五キロのランニングで一日を始める。
十五キロのランニング。朝から走る距離ではないことを除けば、それはいい。まだいい。むしろカナンに朝から会えてラッキーとまで思っていたりする。最初の頃はカナンに付いて行くだけでヒィヒィだったが、さすがにここ一週間ほどで慣れて来たらしい。今となってはカナンに並走しながら、他愛無い会話を楽しむことが出来る。
その後、直接学校へ向かい、軽くシャワーを浴びて授業を受ける。そう、ここまでは良いのだ。
だが問題はその後だ。放課後。鉄には地獄が待っているのだった。
腕立て、腹筋、背筋、スクワット、踏み台昇降、反復横跳び、懸垂。それぞれ三百回に加え素振り千回、打ち込み二千回……。
その名も上村流基礎体力作り。
ごくごく普通の男子高校生・江川鉄に言わせればただの拷問メニューである。
これらを終える頃にはもちろん日は暮れている。鉄の体力は底を尽くだけでは足りず、日々マイナス状態だ。
それでも翌日朝五時に復活することが出来るのは、偏にカナンと若さと、鬼教官のお陰だろう。トレーニングをさぼったなんてことが彰二に知れたら、命はない。
彰二は宣言通り、「死なない程度に死ぬ気」で取り組まざるを得ないトレーニングを組んだのだった。
「おいおい、まだ今日のノルマはこなせてないだろ。起きろ、鉄」
「ふぇっ」
竹刀の先で背中を押されて鉄は現実へと引き戻された。一瞬あまりの疲労に寝落ちしていたようだ。
鉄の口から出た間抜けな声に、彰二のやや吊り目が剣呑な光を帯びる。
「今、寝てただろ? 鉄、テメェいい度胸してんじゃねーか。よし! 懸垂百回追加!」
「ひゃっ!? し、彰二、お前俺を殺す気か! まだ素振りだって、打ち込みだってあるんだぞ!」
「自業自得だ。さぁやれ鉄、今すぐやれ。そうしないと日が暮れるぞ。今日のノルマは今日のうちにこなせ。俺のしごきメニューに持越し制度なんかないからな」
「しご……」
もう何も言うまい。やはり基礎体力作りと言う名のしごきだったんだー、とか、そんなもう二週間前から薄々と分かってはいたけど、努めて目を背けてきた事実を、今更認めるような事は、決して言うまい。
動けないでいる鉄を彰二は竹刀の先でグリグリしながら見下ろした。
「オラオラ! 早くやんねぇと素振りも倍にするぞ」
そう言う彰二の顔がとっても生き生きして見えるのは幻覚だろうか。いや、現実だろう。
「いやマジ、彰二君。俺、このままだと過労し――」
「十秒以内に立て。十秒以内に立たなかったら一秒ごとに打ち込み二十回追加な」
「鬼彰二ぃっ!」
「はい、十、九、八、七……」
「……」
順調にカウントダウンされて行く。順調に地獄が近づいてきている。スキップしながら近づいてきている。もうルンルンだ。鉄はその現実から逃げるように再びぐったりとひれ伏し、呟いた。
「ぉ、オー、マイ・ゴッド……」
神の与えたもう試練。
乗り越えられるのか、心の底から疑わずにいられない鉄であった。




