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兄弟 Indutria―英知の番人 8

 翌日、警察の調べから離れには何者かの手によって火が放たれたと言うことが分かった。油が撒かれた痕跡が見つかったのだ。

 そして離れの残骸からは佳奈のものと思われる亡骸が見つかった。一酸化炭素を吸い込んでの中毒死だった。

 火事の後、壮磨はすぐに帰宅した。静香の葬儀以来会う事の無かった父はここですべてを知った。壮磨はひどく衝撃を受け、琢磨と郁磨に家庭を顧みていなかったことを心から謝った。

 遅すぎると分かっていても壮磨はそうせずにはいられなかったのだろう。

 琢磨の病状は驚異的な速さで回復していった。

 あれ程ひどかった火傷の跡も、一か月経つ頃にはシャツを着ることができるほどにまでなっていた。これは偏に神の加護によるものなのであろう。


 三か月後。

 結木家邸内にて、琢磨は咲き乱れる桜を見上げていた。

 少し伸びた黒髪が風に揺れる。火事の後遺症で視力の下がった琢磨は眼鏡を掛けていた。

 今日、琢磨は正式にセイントとして結木家から聖教会へと入る。

 ここに戻ることは、きっとないのだろう。琢磨は包帯の巻かれていない右手で桜の木に触れる。

「……様、兄様!」

 振り返れば郁磨が駆け寄ってくるところだった。

「郁磨?」

「兄様、待ってくださいっ!!」

「どうしたんだ? そんなに息を切らせて」

 息をつく間もなく、郁磨は噛み付くとうに問う。

「もう行くって本当ですか!? 僕に内緒でこんなに急に! まだ……傷だって完治してないのに」

「大丈夫。治る傷はもう治ってるよ」

「でも、……でも教会に行ったら、もうここに帰って来ることはないかもしれないのに……」

 すでに半泣きの郁磨を琢磨はふっと笑う。

「だって行く前に会ったら、またお前は直ぐに泣くだろう?」

「そ、そんなことっ、ありましぇん……」

「フフ、ほら。また泣いてる」

 いつもの様に琢磨は郁磨の涙を拭った。

「郁磨、いいもの見せてあげるよ」

 そう言って琢磨は右手を桜に向かって高く掲げる。桜の花びらが舞って琢磨の手のひらに青白い光が宿る。すると不思議な事に、琢磨の大きいとは決して言えない手のひらからみるみるうちに光りと共に何かが現れた。

 それは本だった。深緑の装丁の古めかしい本。

 一見重そうなその本を、琢磨は片手で軽々しく扱う。

 郁磨は目を瞬かせた。

「……それは?」

「これは英知の書。神が僕に与えたと言う力だ。こんな僕にも、大切な人を守らせてくれる力だよ」

「大切な人を、守れる力……」

「そうだ。これのおかげであの日僕はお前を助けることが出来た。この本が、逃げ道を示してくれたんだ」

 琢磨は表紙に印字された文字を指先でなぞる。

「あの時までただ忌々しいだけだったのにな。この本も、これに選ばれた自身自身も……。でも、今は英知の書が僕を選んでくれてよかったって思ってる。これのお陰で大切な人を守ることが出来たんだ」

 琢磨は穏やかに微笑み、郁磨を正面から見つめた。

「郁磨、僕はここに帰って来ることはないかもしれない。だけど、いつでも待ってるよ。――教会で、さ」



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