兄弟 Indutria―英知の番人 7
目を開けると郁磨は結木本邸の自室のベッドにいた。
「あぁ、気が付かれましたか、郁磨様っ!」
郁磨の周りに控えていた使用人たちが口々に安堵の言葉を漏らす。
結木家筆頭執事・中谷の助けを借りて郁磨は体を起こす。ひどい頭痛がして顔を顰める。
「随分煙を吸われたようです。さぁ、これをお飲みください」
手渡されたカップ一杯の水を郁磨は一気に飲み干した。
そして蘇る。あの時の記憶。郁磨は目を見開き、カップを落とした。
「兄さまはっ! 兄さまは無事なの!?」
「郁磨様、落ち着いてください。琢磨様も大丈夫です。本邸にいらっしゃいます」
「っ、今すぐ兄さまのところに行くっ!」
「それはいけません! 郁磨様はまだ絶対安静です」
「僕は全然大丈夫だから! 兄さまのところに行きたいっ」
琢磨の顔を見るまでは安心できなかった。もしかしたら使用人たちは琢磨が無事だとただ口裏を合わせているだけなのかもしれないのだから。それに本当にこの本邸にいるなら顔を見て確かめたい。そう思うと郁磨はいてもたってもいられなかった。制止を振り切り、ベッドから降りて中谷を睨みつける。
「僕を、兄さまのところへ連れて行け」
すっかり目尻を下げた中谷に通された客間の一つ。
ドアの前で立ち止まり、中谷はもう一度縋るように郁磨を見たが、郁磨は頑として態度を変えない。
中谷は大きく息を吐いた。
「よろしいですか、郁磨様。大きな声を上げたりしてはいけませんよ。琢磨様のお体に障ります」
中谷の言葉にひどく不穏なものを感じ取って郁磨の胸が跳ねる。中谷はゆっくりとドアを開けた。
客間には白衣を着た医師と看護婦らしき人物。何人かの使用人が沈痛な面持ちを浮かべていた。
部屋のほぼ真ん中に陣取るベッドに横たわる人を見つけて郁磨は自然と駆け寄る。
「兄さま!? ――っ!!」
郁磨は渾身の精神力で上がりそうになる悲鳴を呑み込んだ。
ベッドに横たわっていたのは他でもない兄・琢磨だった。だがベッドにうつ伏せに横たわる琢磨の背中は一面、ひどい火傷に覆われていたのだ。
「こ、これは……」
「郁磨様は幸い煙を吸われるだけに留まりましたが、琢磨様は……。琢磨様は炎に包まれた離れから郁磨様を抱えて連れ出されたんですよ」
郁磨はつま先が白くなるほど両手の拳を握りしめた。
(それじゃあ……、それじゃあ兄さまのこの火傷は、僕のせいじゃないか……っ!)
俯き、涙を耐えていると琢磨の指先が微かに動く。
「に、兄さま!?」
「いく、ま……」
「兄さま、大丈夫ですか!」
枕元に跪き、琢磨の顔を覗き込む郁磨。琢磨は薄っすらと目を開けて、ぎこちなく頬を弛めた。
「だいじょうぶ、か?」
「はいっ! 兄さまのお陰ですっ。兄さまが僕を助けてくれたから……っ」
細く息を吐いて琢磨は目を閉じた。
「そうか、良かった」
「兄さま……、僕のせいで……――」
「いくま。気にするな。すぐに、治る。それに、ぼくは、お前の兄だ。お前を守るのは、ぼくの役目、だよ」
「ふ、……はい、兄さまっ」
「お前は、ほんとうに、泣き虫だ」
郁磨は止めどなく流れる涙も気にせず顔を上げると、精一杯微笑んだ。




