兄弟 Indutria―英知の番人 6
「ぅ、うそっ!!」
視線の先。琢磨の住む離れに轟々と朱い焔が立つ。
郁磨は泣き出しそうになるのを必死に耐えて駆けた。
「兄さまぁーっ! 兄さま、返事をしてください!」
悲鳴にも似た郁磨の呼び掛けの応えるものは誰もいない。すさまじい熱気と炎に離れの玄関に近づくことも出来ない。それでも郁磨はあきらめなかった。
郁磨は縁側へ回り込み、まだ火のまわり切っていない廊下を足早に通り過ぎ、琢磨の自室へと向かう。
琢磨の部屋まで辿り着き、郁磨は勢いよくドアを開いた。
「兄さまっ!」
図書室と呼ばれているだけあって本だらけのその部屋は、ドアに阻まれて火の回りが遅かったにもかかわらず、一度火が付けば驚く速さで炎が上がっていく。
郁磨は辺りを見渡した。
「兄さま、いるんですか!? いるんなら返事してください。早く、早く逃げないと、グ、ゴホゴホっ」
煙を吸い込んで咳き込む郁磨の視界が急に暗くなる。顔を上げれば炎から守るように羽織が被せられていた。
「にい、さま?」
「こんなところで何やってるんだ、郁磨っ!」
「兄さま、兄さまっ! 良かった!」
そう言って抱き着く郁磨を琢磨は抱き締め返した。
「郁磨、ここももうじき火の海になる。早くここを出るんだ」
「そうですね! 早くここを出ましょう!」
そう言って手を引いた郁磨の手から郁磨の腕がスルリと抜ける。
郁磨は驚いて琢磨を振り返った。琢磨は目元を僅かに歪めて、それでもいつものように微笑んでいた。
「兄さま? 早くしないと――」
「一人で行くんだ」
「え……?」
「郁磨、お前一人で逃げるんだ。僕は、お前と一緒には行かないよ」
崩れ落ちる柱。燃え盛る炎。
今、兄はなんて言ったのだろうか。郁磨は茫然として聞き返した。
「なに、を――」
「僕はここに残るんだ」
「なっ、ど、どうしてですか!? こんな火の海なんですよ? ここだってすぐに焼け落ちます! このままじゃ死んでしまいます!」
何も言わずに穏やかに微笑みを浮かべる兄を見て、郁磨は悟った。
――琢磨は、それを望んでいるのだ。
「ダメです、そんなこと! 絶対ダメです!」
再び琢磨の腕を掴み、泣きじゃくって縋る郁磨に琢磨は手を伸ばした。そして落ちる涙を指で拭き取る。
「僕は、もう疲れたんだ。ここに閉じ込められて生きていくことも、大切な人が自分のために辛い思いをすることも。もう見たくない。自由に、なりたいっ。……母さんのところへ行きたいよ」
「兄さまっ……」
「ごめんよ、郁磨。あの本、読み終えてあげられなかった――」
「いやです!」
郁磨は琢磨の胸に飛び込んだ。
「兄さまが残るなら、僕も残ります。兄さまが静香さまのところに行くなら僕も行きます! 僕だって静香さまに会いたいっ。兄さまと、離れたくない!」
「郁磨……」
悲しげに見つめる兄の目を郁磨は覗き込んだ。涙を浮かべた瞳で笑みを作る。
「兄さま、大好きです。静香さまも、父さまも、……母さまも。兄さま、ごめんなさぃ……。本当に、っ本当にごめんなさいぃっ!!」
燃え盛る炎の中、琢磨は震える小さな肩を強く抱き締めた。




