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兄弟 Indutria―英知の番人 5

「そこにいるのは誰っ!?」

 ビクリと肩を揺らした郁磨。しばらく迷った挙句、心を決めて佳奈の見える位置まで進み出る。

「郁磨っ!! 今の、聞いて……?」

 こくんと頷く郁磨を見て顔を歪めると、佳奈は目を逸らし再び何かの液体を大きめの水差しに流し込む。

 郁磨は恐る恐る訊ねた。

「母さま……、兄さまがセイントって言うのは、本当なのでしょうか?」

「っ、……そうです」

 淡々と答える母に郁磨は顔を輝かせる。

「本当ですか? では我が結木家からセイントが出るのですね! さすが兄さま! すごい事ですっ!」

「お黙りなさいっ!!」

 佳奈に一喝されて郁磨は息を詰めた。佳奈は我に返って一瞬気まずげに視線を落として呟く。

「結木から……セイントが出ることはありません……」

「え……?」

「結木からセイントが出ることはないと言ったのです」

「で、でも兄さまはセイントなのでしょう? 兄さまは聖教会で立派なお勤めをするんですよね?」

 困惑して訊ねる郁磨を佳奈はランプと液体のたっぷり入った水差しを持って振り返った。

「琢磨が教会へ行くことはありません。琢磨がここを出ることは、ないのです」

「母さま、なにをおっしゃっているんですか?」

「……琢磨がセイントだと分かれば、壮磨様や結木家の皆様は結木家の跡継ぎには琢磨が良いと考え直すかもしれないっ。それだけは絶対にあってならない。結木家を継ぐのは私の子である郁磨よ。あの女の子であっていいわけがない!」

「かぁ、さま……?」

「あの女の息子がセイントだなんてあり得ない、あり得ないわっ! むしろあれは魔女の子よ! 壮磨様を誑かした魔女の子っ! そんな子がセイントなわけがない。あれは……そうよ、そうっ! シンズに違いないんだわ!」

 佳奈の半狂乱の形相に郁磨は戦慄を覚える。目の前の人物はもはや郁磨の知っている母ではなかった。

 錯乱し切った母。佳奈こそが鬼女そのものだったのだ。

「そうよ! あの子はシンズなの。怪しげな力を使って私たちを欺こうとしているんだわ。あぁ、何てことなの! このままでは皆が騙され、貶められてしまう。私が何とかしなければっ。あの罪深き子をこのままにしてはおけないわ。それは敬虔なビリーバーとして許してはならない事なのよ!」

 そう言って佳奈は天を仰ぐ。

「あぁ、見ていて下さい、神よ! あなた様の忠実な下僕である私が! あのシンズをあなた様の下へと送って見せますっ」

 高らかに言い放ち、佳奈は言葉を失っている郁磨の横をすり抜けて玄関へと向かって走って行った。

 ダイニングルームに一人に残された郁磨は茫然自失としてその場に座り込んだ。

 はたはたと落ちる涙。郁磨は声もなく泣いていた。

 恐ろしかった。母である佳奈自身もそうであるが、それよりも佳奈の持つ、あの禍々しいまでの憎しみの激情を目の当たりにして身が震える。

 郁磨は自らの小さな体を抱き、震えを止めようとする。

「くっ、うぅっ……」


(兄さまは、一人でずっと……耐えて来たんだ!)


 そう思って、はっと気が付く。

「兄さまっ!!」

 郁磨はもつれる足を何とか動かし、離れへと向かった。

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