兄弟 Indutria―英知の番人 4
あの夜が来たのは、それから数か月後の事だった。
一人きりとなった兄を想い、ただ顔だけでも見に行けないかと郁磨は思っていたが、相変わらず琢磨に会いに行くことは佳奈にきつく禁じられていた。
郁磨には分からなかった。なぜ母がそれまでに琢磨に固執するのか。
郁磨にだってあの時よりは家の事も、結木家の人間関係も分かっていた。
佳奈は壮磨の愛を独り占めできないことが悔しくて、そして自分の子が妾とその子供に懐くのがおもしろくなくて、静香や時には郁磨にも当っていたのだろう。
だがもう静香はいない。
それに、以前からそうであるように結木家の嫡男は自分だ。なのに、佳奈は未だに何かにつけて琢磨に辛く当っているようなのだ。
郁磨は兄のために小遣いから買った海外の童話を手に取る。
(兄さま……)
その夜、郁磨は人が寝静まったのを見計らってそろりとベッドを出た。
今日こそこの本を兄に渡したかった。今日こそ、兄の顔を見たかった。
忍び足で裏門へと向かう。番犬二匹は正門前で寝ているはずだから、ここから離れに向かえばきっと誰にも気づかれることはない。
だがダイニングルームの前を通り過ぎようとして、明かりがゆらりと揺らいだのが見えた。郁磨は息を呑んで壁に張り付く。
すると、すすり泣きが聞こえてきた。
(お化けっ!!)
悲鳴を上げたいのを必死で堪える郁磨。やがて、すすり泣きは嗚咽に変わった。はっきりとした声が聞こえてきて、郁磨は訝しがった。
「……さい、で……、……い」
聞き覚えがあるように思えて郁磨は耳を澄ます。それは母・佳奈の声だった。身を潜めてダイニングルームの入り口で聞き耳を立てる。
「あなたが悪いのよ、琢磨。あなたが……、あなたがセイントだからっ!」
――セイント? 兄さまが?
郁磨は耳を疑った。
セイントと言えば、世界宗教の一つ、聖教会の象徴であり要。神の御業を成し得る聖人のことではないか。
結木家は代々聖教会の敬虔な信者であった。物心ついたころから郁磨も教会へ通い、聖書を学び、その教理に適った生活をするよう家族に言われて育ってきた。
だがおかしい。セイントを家から出すことは大変な名誉なはずだ。末代まで誇れこそはしても、謝罪や悲しみの感情などいらないはず。
混乱した郁磨は一歩下がろうとしてバランスを崩し、本を落としてしまった。




