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兄弟 Indutria―英知の番人 3

 使用人のところまで辿り着くと、すぐにその場が緊張に包まれていることが分かった。そして彼の背後に母の姿を見つける。

「母さま!」

「郁磨さん、またこんなところに来ていたんですね。いい加減にあのようなもの達と関わり合いになるのはやめなさいと何度も申し上げているでしょう」

 佳奈の厳しい言葉に郁磨はしゅんと頭を垂れながらもモゴモゴと反論する。

「でも、でも兄さまは兄さまですし……静香さまだって、すっごく優しいし――っ」

 パンと乾いた音が鳴って郁磨はバランスを崩した。次いで頬にじわじわと暑い痛みが広がって行く。

「う、ぅわぁぁぁぁあああんっ!」

 大声を上げて泣き出した郁磨を使用人が慰める。

「お、奥様っ!!」

「あの女を呼ぶのに様を付けるのではありませんっ! お前は結木家の嫡男なのです。ゆくゆくは結木家を継ぐのですよ! それがあのような下賤な女に様を付けるなんて言語道断っ。あの女の息子にもそうです。恥を知りなさい!! あの離れに近づくことは今後一切許しません」

 そう言い捨てると佳奈は本邸へと向かった。

 大泣きする郁磨を抱き、使用人はやりきれない思いを胸に佳奈の後に続いた。


 昔から佳奈は静香を毛嫌いしていた。夫である壮磨との仲に嫉妬していたのだろう。壮磨がどれ程佳奈に愛情を注ごうとも、佳奈は静香がいる限り心穏やかではなかった。

 それでも彼らが離れで静かに暮らしていたので、佳奈はそれほど目くじらを立てることもなかった。渋々でも、郁磨が週一度彼らを訪ねて離れに行くのも容認していた。

 それが急激に変わってきたのはここ数か月の事だった。

 郁磨が琢磨や静香の話をする度に、郁磨を叱咤し、手を上げることもあった。今まで以上に結木家当主となることがどれ程重要なのかを説くようになった。まるで、憑りつかれてでもいるように。

 だがそれだけではなかった。

 郁磨は知ることが無かった事実だが、佳奈は壮磨が多忙で家を空けることが多いことを良い事に、彼がいない間に離れに石を投げ込んだり、離れに届けられる食物を台無しにしてしまったり、悪質な嫌がらせまで始めたのだ。

 元々体が強い方ではなかった静香はみるみるうちに心労から体調を壊して行った。

 ひどく風当たりの強くなる中、それでも琢磨と静香は二人より添って静かに暮らしていた。

 だが日に日に静香は弱って行った。

 そして半年後、琢磨が十二の時、静香はこの世を去った。


 静香の葬儀は結木家の離れ近くで、しめやかにそしてひっそりと行われた。

 久しぶりに兄の姿を見つけて、郁磨は佳奈が止めるのも聞かずに琢磨の胸に飛び込んだ。自分の背も伸びたが、兄の背も伸びていて、顔つきもより静香に似て来ていた。

「兄さまっ!!」

「郁磨か。久しぶり、だな」

「兄さま! 静香さまの事、本当に、本当にっ……ふっ」

 琢磨は体を離すと、ぽろぽろと大粒の涙を流す郁磨の頬を拭いてやる。

「お前はちょっと見ないうちに体は少し大きくなっても、中身は変わらないな。泣き虫の郁磨」

「だって、ヒック……、だって兄さまの母さまがっ、静香さまがっ!」

 そう言って再び胸に顔を埋める郁磨を、琢磨は昔の様に優しく撫でてやった。

「郁磨……。母さんのために泣いてくれて、……本当にありがとう」

 その後も琢磨はあの離れで、一人静かに暮らした。


 この時、郁磨は知る由もなかったのだ。兄の置かれた状況を、兄の運命を。


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