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終 ―次のミッションへ―

 訝しがる鉄の横からカナンが身を乗り出した。

「それでは琢磨は知っていたんですか? 鉄くんがセイントだって」

「いやいやいや、知ってはいませんでしたよ、さすがに。でも江川君、君には何かあるはずだ、とは思っていましたけどね」

 結木は両手を上げて弁護すると、横目で鉄にニヤリと笑う。

「君のような健全・・な青少年が純潔の槍で切られて無傷はあり得ない。どんなに純粋無垢であっても、人である以上それは不可能な事なのです。ですが君はピンピンしていた。それは偏に君が何らかの理由で神の加護を受けていたからです。それに実は江川君とカナンが出会うちょっと前に、英知の書には既に新たなセイントの出現が啓示されていたのです」

「と言うことはやっぱり最初から知っていたんですね!?」

 珍しく噛みつくカナンに結木はしらっと答える。

「だから言っているじゃあないですか。知ってはいなかった。だからこそ君を江川君の通う高校へ転入させたり、共に行動させるようにミッションを二人で遂行させたりしたんですよ。江川君がセイントだとして、その力が目覚めるように他にも君たちの知らないところで色々画策し……いや、考えたんですよぉ。それはもう日々の寝る間も惜しんでね」

 いかにも苦労顔をする結木を鉄は冷めた目で見つめる。やはりあの命がけのミッションの数々は結木が色々画策した結果なのだったか。

 鉄はブスッと問う。

「それで俺がセイントとして目覚める前に死んでたらどうしてたんですか?」

「それは……それで、それまでと言うことで。……アーメン」

「胸の前で十字を切りながらそんな物騒な事、簡単に言わないでくださいよ! あんた、一応神父でしょうっ!」

「失敬な。一応ではないですよ。私はこれでも立派な一神父です」

 心外だ、とでも言いた気に唇を尖らせる結木。

 もう何も言うまい。鉄はがっくりと頭を垂れた。

「まぁまぁ江川君。経緯はどうあれ、神は君の資質を認め、他でもない君を選んだのです。今まで例がありませんが、ビリーバーでなかろうが、今まで一度も礼拝に参加したことが無かろうが、転寝して聖書の上に涎を垂らすような不遜かつ罰当たりものだろうが、君は選ばれたのです」

「う゛――っ」

 以前、ミッションの後無性に眠たくて礼拝堂で寝てしまった。その時、枕代わりにしていた聖書には、確かにちょっとだけ涎が垂れてしまったかもしれない。

 笑顔でチクチク痛いところを突いてくるところはさすが腹黒神父だ。鉄は誤魔化し笑いするしかない。

「しかも君が手にしたのは正義の剣です」

「正義の剣?」

「えぇ。正義の剣は我々が確認する中で神が与えたもう最強の力です。それを江川君にお与えになったのは神です。私たちには計り知れなくても、そこには理由があるのでしょう。神は資質の無いものにセイントとしての力をお与えになることはありません」

「え、あれそんなすごいもんなんですか……」

「そうですよ。かなりすごいもんなんですから大切に扱ってくださいね。粗末に扱うと、それこそ本当に罰が当たりますよ」

 それはそうかもしれないが、神父にそれを言われると少し違和感を覚える。どちらかというと、お坊さんとかが言っていそうだ。鉄は小さく苦笑した。

「そう言えば結木さんもセイントだったんですよね。なんで教えてくれなかったんですか? 俺知らないうちに三大聖者の二人に会ってたって言うのに、全然知りませんでしたよ」

「「…………」」

 目を丸くして沈黙を守る二人に鉄は首を傾げる。

「え、なんですか?」

「鉄くん、琢磨が聖人だと知らなかったんですか?」

「え……それってそんな一般常識並みの情報なの?」

 苦笑いするカナンの横で結木がフゥーと大きなため息を吐く。

「江川君はまず、基礎の基礎の基礎の更に基礎からいろいろ学んでいただく必要がありますね」

 基礎の基礎の基礎の更に基礎って、地球は平たいのではなく、球体でしかも回っているとか言うレベルから始まるのだろうか。何とも言えない顔をしている鉄に結木がニヤリと笑いかける。

「あぁ、心配はいりません。私が特別に個人レッスンを組んであげましょう。いやー、今から大っ変楽しみですね」

「あ……」


(ヤバイ、なんか変なエンジン掛かっちゃった?)


 後悔後に立たず。鉄は今正にそれを、身を持って体験しようとしているのだった。

「良かったですね、鉄くん」

「ぅ、うん。あ、アリガトウ……」

 フフフと綺麗な顔で黒い笑い方をする結木を前にカップを持った鉄の手が僅かに震える。

「三人目は現在スペインにいますが、まぁそのうち会えるでしょう。きっと江川君は気に入られますよー。もうなんだか今から目に浮かびますねー」

 そう予言する結木が遠い眼をしているのは気のせいだろうか。

 結木にこんな表情をさせうる三人目のセイント。……一体どんな人物なのか。


(三人目は、どちらかというとカナン寄りでお願いしますっ! マジで!)


 胸の内で切に神頼みをする鉄であった。

「そうだ、危うく忘れるところでした。江川君。はい、これ」

 そう言って差し出されたペラリとした白いもの。封筒だった。

「なんですか、これ?」

 手に取りながら訊ねる鉄に結木はフフンと満足げに鼻を鳴らす。

「お給料です」

「給料? おぉぉぉおー!」

 すっかり忘れていたが、カナン始め聖教会に関わり始めたのはミッションと言う時給二万円の超破格のバイトのためだったのだ。

 一体何枚の福沢諭吉がこの封筒の中に納まっているのか。鉄は後光の差した(鉄視点のみ)封筒を開け、興奮を抑えつつ手を差し入れる。

「…………アレ?」

 指先に期待していた感触が全く無くて鉄の口からは思わず呆けた声が出る。

 封筒を逆さにした鉄の手のひらにコロンと落ちて来たもの。

「こ、こここれはっ……」

「一か月分のお給料ですよ」

「……百五十円?」

 唖然茫然としている鉄に結木はにっこりと微笑む。

「えぇ。時給二円×平均労働時間五時間×労働日数十五日。締めて計百五十円です。お疲れ様でした」

 秋の午後の夕方。オレンジ色の西日が窓から差し込む。

 聖教会日本支部本部、居住スぺース内キッチンにしばしの沈黙が訪れる。

「……じ」

「じ?」

「時給二円って、どういうことですかぁぁぁあああっ!?」

 掴みかからんばかりに噛み付く鉄を前に結木はキョトンと小首を傾げる。

「どういうこと、とは?」

「どんだけ労働基準法をないがしろにしてんですかって、そう言う事じゃないんですよ! どういうことですか、時給は二万だったはずでしょうっ!!」

「二万円? はっ、そんなわけないでしょう。江川君、我々は聖教会です。教会ですよ。聖職者たる者、神のために行う行為はすべて無償。そう、本来は無償なのですっ!」

「ちょっと! それ、今しがた思い付いたでしょう!」

 鉄の反論など気まずに結木はいかにも芝居がかったように天を仰ぐ。

「ですが、江川君。ミッションを始めた当時、君はまだ正式な聖教会一員ではありませんでしたね。そのため我々は仕方なーく、皆さんから頂いた有りがたーい限りある募金の中から君のお給料を捻出することにしました。で、何か問題でも?」

「…………い、イイエ、ゴザイマセン」

「そうですか、それは良かった」

 晴れ晴れと言う結木。鉄はこの神父に対して実に二度目の殺意を覚えた。

「はぁぁああああっ」

 盛大にため息を吐けば先までの不完全燃焼の憤りも体外に排出され、脱力する。

 その時、足元にムニっとした感触を覚えて椅子の上で飛び上がった。

「な、なにっ!?」

「あぁ! ごめんなさい! ダメじゃない。ホラ、こっちおいで」

 カナンがテーブルの下で手招きする。そして出てきたのは、見覚えのある一匹のブサ可愛い犬。

「……ブル?」

「えぇ。カナンがどうしても引き取りたいと言いましてね。あのままでは 保健所行きは決定でしたから、やむなく」

 結木は不機嫌そうに言いながらもブルの頭を撫でている。どうやら彼も犬好きらしい。

 鉄もズングリムックリに近づいて手を差し伸べてみる。だがプイと顔を背けられてしまった。

「くっ、またコイツは――」

「可愛いっ!!」


(えぇぇえー……) 


 やはり、カナンの可愛いツボは独特だ。口元を抑えているが結木の肩が大きく揺れている。

 カナンはやや頬を赤らめながらブルの頭を撫でる。


(一応、もう一度言わせてもらえれば、別にそこまで羨ましくはない……と思う)


 鉄は不貞腐れて、もう何も言わずに残りのお茶を煽った。

 結木が笑いを噛み殺しながら訊ねる。

「実はミッションの依頼が入って来ています。どうしますか? 二人はまだパートナーと言うことで良いでしょうか?」

その言葉に鉄とカナンは顔を見合わせる。そして小さく笑い合い、声を揃えて答えた。

「あぁ、もちろん」

「えぇ、もちろんです」


話の内容自体はあまり変わっていませんが、話の流れに矛盾が多々あったので大幅に改訂しました(今もあるかもしれないのは敢えてスルー)。

以前から呼んでくださっていた方にはご迷惑おかけします。


続きは不定期で更新する予定です。

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