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序
賑やかな繁華街から道を一本入った閑静な裏通り。突き当りにある十字架を頂く白い屋根。その重厚な扉を開ければ、そこは静寂に包まれた聖なる領域。
燭台に灯されたオレンジ色の光のみが照らす薄暗い礼拝堂に薔薇とも薄荷とも言えない、乳香独特の香りが漂う。
乳香の香りを胸いっぱいに吸って結木郁磨はゆっくりと足を踏み出す。十字架の下に跪く、英知の番人と呼ばれる聖者へと向かって。
あれは確か郁磨が十歳、琢磨が十三歳の時の事だ。二十二歳となった今でも、当時の事を郁磨は良く覚えている。
忘れられるはずが無い、炎が大切な人を呑み込んだ、そして最愛の人を失いかけた人生最悪の日。




