壊れたロザリオ
神から与えられた力。
鉄は混乱する思考で思い出す。それを持ち得るのはセイントだけのはず。
「……結木さんもセイントってことですか?」
聖教会日本支部本部の神父・結木。
実際年齢は定かではないが、彼は鉄と大差もなさそうな若さでここを治めている。世界で最大を誇る大宗教の極東の要をである。
――それは、結木がこの世に三人いると言う聖者の一人だから。
裏表の激しさや神父としての適性云々は別として、そう考えれば結木とカナンがとりわけ親しげなのも頷ける。
結木は鉄の問いには答えず、緩く微笑んで本を開いた。
「三日前、四人目のシンズの居場所について英知の書に示された天啓はこうです」
堕ちた罪人が好むのは青い果実。獣に守られた館で、無知な子らは同じ血、同じ肉によってもてなされ、宴を楽しむ。
「……それが四人目のシンズの居場所なんですか?」
暗号とでも言うか、やけに詩的で曖昧だ。もっとピンポイントな住所的なものを期待していた鉄は聞き返さずにはいられない。
結木は大きく頷いた。
「英知の書に示されるのは神の言葉。我々の欲しい情報をそのままそっくり与えてくれるわけではありません。ですが、神により指し示された情報を正しく解読することが出来れば、自ずと真理に辿り着きます。……といっても未だに解読できていないのが実情ですが」
苦虫を噛み潰したように眉を顰める結木に鉄は焦れたように問うた。
「じゃあカナンはその本に書かれた場所を探してる内にシンズに攫われたってことですか?」
「いいえ。それは、少し違います」
「違う?」
「ええ。カナンがここを出て行ったのは昨夜、シンズに操られていた男が一時的に意識を取り戻してからすぐのことでした。いえ、厳密には未だ混沌とする意識の中、彼がうわ言のように発した言葉を聞いてからです。――『みさ』、と」
「みさ……? なんなんですか、それ?」
「分かりません。私はシンズが何らかの儀式に則って彼に強力な暗示をかけたのだろうと考えていますが、真実を聞こうにも彼はその後すぐまた意識を失ってしまいました。そしてその後すぐ、カナンは誰にも行先を告げずに飛び出すようにここを出て行ってしまったのです」
「一人で、ですか?」
鉄の問いに結木は表情を曇らせた。
「ええ。すぐにビリーバーが数人か後を追ったのですが見失いました。GPSでカナンの位置をモニタリングしようともしましたが、それもダメでした。カナンが出て行って一時間後、彼女を見つけ出す前に反応が消えてしまって……。反応が無くなった辺りを手分けして探していたのですが、結局は見つからず仕舞い。それが先ほど、カナンが持っていたはずのGPS内臓のロザリオが見つかったんです」
そう言って結木は近くに設置された説教台に手を伸ばした。
チャラリと小気味いい音がして、鉄の前に差し出されたもの。それは銀色の鎖と歪なヘッドの付いたペンダントのようなものだった。
だがすぐにそれが何かを悟って鉄は息を詰めた。
歪な形をしたヘッドはロザリオの残骸だったのだ。
十字架の下半分を捻じり切られたように失ったロザリオ。自然とその持ち主へと思いを馳せた鉄の背筋に冷たいものが走る。
「カナンが今どのような状態にあるのかははっきりとはわかりません。ですが、彼女は男の言葉を聞いて飛び出して行ったんです。四人目のシンズの居場所について何か掴んだに違いありません。それにこのロザリオ。これがこのような形で見つかったからには彼女も無事ではないはずです。……シンズの手に堕ちたと考えるのが、妥当でしょう」
苦々しく呟き、結木は無残な姿となったロザリオを握り締めた。




