エナジーチャージ
「えっ……」
鉄は言葉を失った。
教室に残っていた生徒は彰二の突然の激昂ぶりに目を見張っている。
好奇とも畏怖とも言えない視線を受けつつ彰二は鉄を見下ろした。
――カナンが、この学校を辞める。
鉄は俯き、机の上に置かれた自分の拳を見ながら言った。
「そう、なんだ。残念だね。結木かくクラスメイトになって、仲良くなれたのに――」
「ざっけんなっ! 俺が聞きたいのはそんなことじゃねぇーんだよっ!!」
そう言って勢いよく鉄の胸倉を掴む彰二。
鉄は成されるがまま彰二に引きずられる様にして立ち上がる。クラスメイトが息を呑む音がした。
「何があったのかは知らねぇーけどなぁ! お前っ、らしくねぇーんだよっ!」
そう言って彰二は更に鉄の胸倉を掴む手に力を込める。
「昔っからお前は事ある毎に面倒事に巻き込まれてはシケタ顔して落ち込んでたけど、それでもなんだかんだ言って人との関わりをあきらめるような奴じゃなかっただろ!? 巻き込まれただけじゃ済まなくて、止めときゃいいのに誰かのために体張るような大馬鹿野郎だっただろう、お前はっ! えぇっ!? それが……、っそんなお前が何やってんだよ、鉄っ!」
彰二は鉄の消したい過去を知っていた。
鉄と彰二との出会いは彼らが中学三年の春だった。彰二が鉄の中学校へと転入してきたのだ。
クラス替えの後、直接的にいじめられることはなくなっていたが、それでもなんとなくクラスメイトから距離を置かれていた鉄。転入早々外見と行動で浮いた存在となった彰二。二人はいつの間にか共に過ごすことが多くなっていった。
その中で彰二は知った。鉄の強さとバカみたいな正直さ。そして優しさを。だからこそ今の鉄が許せなかった。
鉄は彰二の眼差しから逃げるように視線を落とした。
「……俺は、そんなんじゃない。俺、勘違いしてたんだ。力に、成れるはずだって。でも結局ただの自己満足だったんだ。俺は……カナンを傷つけた。それしかできなかった。俺じゃ、ダメだったんだ」
「……それ、カナンちゃんが言ったのかよ? お前じゃダメだって、カナンちゃんの口から聞いたのかよっ?」
「それは、……違うけど」
「だったらっ!」
彰二は口ごもる鉄のシャツを握る手を大きく揺らした。鉄と彰二の目が合う。
「だったら、こんな風にウジウジしてんじゃねぇよ。まだ駄目だって決まってないだろ? もしかしたらお前の事、待ってるかもしんないだろ?」
「……それはないと思う。……顔も見たくないって、思われてるかもしんない」
「はぁっ!? 何言ってやがる」
再び目を逸らそうとする鉄を、そうはさせないとまでに彰二は再び揺さぶり怒号を上げた。
「お前、カナンちゃんがどんだけお前に心を許してたのか分かってんのか? お前、どんだけ信用されてたのか分かってんのかよ? あ゛ぁー、あー、テメェはミジンコほどにも分かってねぇな。だからそんな顔してられんだ。いいかっ! 一度くらい拒否られたぐらいで簡単に沈んでんじゃねぇっ!! まだはっきりお前の顔なんか見たくもねェって言われてないんだろ? だったらわっかんねぇじゃねぇか! 沈むのは面と向かって言われてからだ。一人で勝手にあきらめてんじゃねぇよ、このバカ鉄!」
「……彰二」
(もしかして俺の事、励ましてくれてる……?)
まじまじと見つめてくる鉄から手を離すと、彰二は気まずそうに目を逸らした。
「カナンちゃんは、……俺らのアイドルだ。認めたくねぇけど、ってか俺的には認めてねぇけど、お前、パートナーなんだろ? だったらこんなところでいつまでも悩んでないでとっとと迎え行ってやれよ」
――私が鉄くんのパートナーだからです。
そう宣言した時のカナンの笑顔が脳裏に蘇る。柔らかな、やさしい笑顔が。
「――っ、俺、行くわっ」
そう言うなりカバンを片手に慌てて教室を出ようとする鉄を彰二が呼び止める。
振り返った鉄が反射的に頭の上で受け取ったのは、手のひらサイズのいちごミルク。
「それでエナジーチャージしとけっ!」
どこぞの栄養ドリンクでもあるまいが、彰二はそのチョイスが完璧なものであるとでも言いたげに不敵で爽快な笑顔を浮かべた。鉄も同じく笑み返す。
「恩に着るっ!!」
ザ・男の友情。なんだか無性にこそばゆいような、だが異様な胸を打つそんな二人のやり取り。
実写版スポコン青春ドラマのワンシーンかい……。上村彰二ただ一人を除き、クラスに残った者は皆一様にそんなツッコミにも似た感想を胸に秘めながら、鉄の消えて行った教室のドアをぼんやり眺めるのだった。




