きっかけ Castitas―純潔の白百合 4
「あいし、て……?」
茫然と聞き返すカナンにスティーヴンは大きく頷いた。
「そう。私は君のことを昔から愛していた。――もちろん、遠縁の女の子としてではなく、女性としてね」
――女性として?
カナンには大叔父が何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。
(だって、それって……)
言葉通りの意味するところを悟ったカナンの体に戦慄が走る。
「っそ、そんなのダメ! 私は――っ!」
言い終えぬうちにスティーヴンが思い切り鎖を引いた。
息の詰まったカナンは引かれるままに彼の胸元へと飛び込む。スティーヴンはカナンの長い黒髪を愛おしそうに撫でた。
「君だって、昔から私を大好きだと言ってくれていたじゃあないか」
カナンはたった十歳の少女だ。思わせぶりな態度を取ったことなど有るわけがない。そして今まで大叔父がそんな劣情をカナンに向けたことなど一度だってなかった。
「っ、それは……」
――家族としてだ。異性としてでは、決してない。あるはずがない。
そう言おうとして顔を上げたカナンは息を呑んだ。
カナンをいつも優しく、見守ってくれていた大好きな大叔父。その人本人であるはずなのに、目の前にいる男はもはやその面影さえも留めていなかった。
そこにいるのは淡く色の狂った光を瞳に宿し、手元で細い鎖を弄びながら愉快気に微笑む残虐な人間。見知らぬ狂人だった。
(……だれ? この人は、だれ?)
愕然として目を見開いたカナンの双眸からハラリと涙が落ちる。それをスティーヴンは指で掬い、感慨深げに語りだす。
「君がこの世に生れて十年、出会ってからも、また十年。どれ程君をこの手にする時を待っただろう。特に近年の君の成長は著しかったね。どんどん美しくなっていく君を見る度に、他の男が寄り付かないかとやきもきしたよ。そして自制するのがどれだけ辛かったことか」
そう言ってスティーヴンは何かを思い出したかのようにニヤリと口元を上げる。
「まぁ、そのお陰で新しいビジネスが開拓できたんだけれどね。それが今やあのマーケット失くしてこの国の裏社会は成り立たない程大きくなった」
話を聞いているのかいないのか、涙を落とすだけで感情を失った瞳を覗き込み、スティーヴンはふと笑って内緒話をするかの小声で言った。
「カナン。私がなぜ海外を飛び回っているか、教えてあげよう。それはね、――人を買いに行っているんだ」




