きっかけ Castitas―純潔の白百合 1
――あの日の出来事はとても良く、鮮明に覚えている。忘れるはずが無い。死ぬまで、いいえ、死して尚、来世と言うものがあるならば、その時までも消えることはない、私の罪。
嘗ての貴族の流れを汲み、ドイツでも一、二を争う財閥であるマジェッツ家、その一人娘であるカナンが十歳の誕生日を迎えたあの日、屋敷には多くの人々がそれを祝うために訪れていた。
「十歳のお誕生日、誠におめでとうございます」
「ノヴァック様、本日は遠いところを来て頂いてありがとうございます」
両手でドレスの端を小さく持ち上げながら礼儀正しく挨拶をする少女に壮年の男は、ほぅと感嘆の声を上げた。
「いやぁ、カナン嬢は相変わらず大変可愛らしいですな。おっと、もう十歳のレディに可愛らしいとは失言でしたか。いや、大変お綺麗です」
はにかみながら、ありがとうございますと言うカナンに男は満足げに頷く。
「将来が楽しみですな。おぉ、そちらにいらっしゃるのはマジェッツ卿! お久しぶりでございます!」
男はカナンの父の姿を認め、素早く駆け寄ってゆく。
カナンの両親の周りには人だかりができていた。
次から次へと祝辞を述べ、プレゼントを渡してはすぐに両親の下へと消えてゆく人たち。
彼らは私の誕生日を祝いに来たのではない。これを機会に、父の機嫌を取り、取り入りたいのだ。
物心ついたころから分かっていた事だ。皆私に優しい。しかし私に好感を与えることで父に気に入られようとしているのだ。幼い頃、それが分かってしまった時は悲しみもしたが、今更その事実に拗ねるわけでもない。
悪いことではないのだ。ただ、これが彼らのやり方、処世術なのだから。
だがその日は少し違った。
いくら聞き分けが良くても当時カナンはたった十歳の少女。そしてその日は彼女の誕生日だった。
(私の誕生日を心から祝ってくれるゲストなんて……)
兄のように慕ういとこは、今は遠い土地で暮らしている。グリーティングカードは来たが今回の誕生パーティーには来ることができないとあった。
カナンの顔を常に可憐飾る笑みが僅かに陰る。
とその時、背後から聞き慣れた声がした。
「バースデー・レディがそんな顔をしているものではないよ、カナン」
歌うような声に顔を上げたカナンは、老紳士を認めて一瞬にして満面の笑顔を浮かべた。
「スティーヴン大叔父様っ! 来てくれたのね!」
「もちろんだよ。可愛い姪っ子の誕生パーティーだ。何があっても来るに決まっているだろう? お誕生日おめでとう、カナン」
優しい笑顔を向けて、心からの寿ぎを口にしてくれる人――父の叔父、大叔父のスティーヴン・マジェッツだった。




