境界線
次の瞬間、カナンは槍を握る軸手はそのままに、もう片方の手でポンと槍を叩いて切っ先を回転させた。そして腕を振り下ろした男の手が届こうとした時、カナンは素早く身を屈め、長い柄で男の足を払ったのだ。
予想だにしてなかった彼女の行動に、男は成す術もなく勢い良く地面に倒れ込んだ。
大きく砂埃が舞う。そこへ間髪入れず、カナンは石突きで男の背にある急所を打ちつける。
男は呻き声を上げ、ビクリと体を震わせると動かなくなった。
一瞬のうちに繰り出された華麗としか言えない絶技、そして倒れた四人目のシンズを前にして、鉄はつい先ほどまでの恐怖も忘れて呆然とした。
だが、グラリとカナンの体が傾くのを見て我に返る。
「か、カナンっ、大丈夫っ!?」
「大丈夫、です」
慌てて駆け寄った鉄の手を避けるように、カナンは地面に突き立てた純潔の槍に体重を預けた。
「でも――」
「大丈夫ですっ」
ぴしゃりと言い切られて鉄は口を噤んだ。俯き加減のカナンの表情は見て取れなかったが、明らかな拒絶は感じ取れた。鉄は差し出していた手を所在無さ気に戻す。
カナンははっとしたように顔を上げ、鉄の顔を見るとまた視線を落とした。
「……ごめんなさい」
消え入りそうな声で謝るカナンに鉄は首を緩く横に振って訊ねた。
「でも、本当に大丈夫?」
「はい……鉄くんは、大丈夫ですか? ……どこも、怪我してませんか?」
「俺は大丈夫だよ」
なんだかとても情けないが、事実そう答えるしかなくて鉄は緩く苦笑いした。するとカナンもつられる様に僅かに口元を笑みに変えた。
それに内心安堵して鉄もまた微笑む。だがすぐにカナンの足元に転がる男を認めて眉根を寄せた。
「これで、ミッションは成功だね」
セイントとシンズの壮絶な戦い。それに敗北したのはシンズ。世界の滅亡と生存の境界線は未だ生存の方に傾いている。
しかし、同意を待つ鉄からカナンはそっと目を逸らした。
「……いいえ。ミッションは遂行されませんでした」
「え?」
(今、なんて……?)
鉄の心情をそのまま物語る唖然とした表情。
カナンはしばしの沈黙の後、重い口を開いた。
「シンズ、殲滅のミッションは遂行されませんでした。彼はシンズに操られた罪人に過ぎません。――彼は、シンズではありません」




