遭遇
黄昏時。商店街の真ん中にあるとは言え、昼間でも薄暗い裏路地は一層暗い。
鉄は逸る鼓動を感じつつ、結木から聞いた外見の男を探す。
――背が高く、がっしりとした体形。肩まである長い髪を一つに束ねた目の鋭い男。
そうでなくとも、見ればすぐに分かるというシンズ。
本当にそんな男がこんなところにいるのだろうか。いないでほしい期待半分、いてもらわないと困る半分、鉄はゴクリと喉を鳴らした。
表通りの雑踏がやけに大きく聞こえる。
次の通りまで全長五十メートル程。その裏路地を鉄はゆっくりと歩いてゆく。先に進むほどに薄暗さが増し、どこか湿った匂いが漂う。
鉄は俯き加減に、だが目は忙しなく回りに注意を払いながら一歩一歩足を踏み出す。時たまスニーカーの底がジャリと小石を踏む音がした。そんな些細な音にも鉄は内心びくりとした。
だがそれに勤めて気付かないようにただひたすら足を進める。そして向かう通りから漏れるネオンの光が視界に広がっていく。
「…………着いちゃった」
思わず呆けた声が出てしまった。
江川鉄史上、これまでにない程の緊張と共に歩き切った五十メートル。
結局何もなく、人っ子一人さえともすれ違うことなく終わってしまった。
安堵とも失望とも言えない何かに襲われ、鉄は体の力を抜けるのを感じた。人々が通り過ぎる中、膝に手を着いてがっくりと項垂れる。
「ったく、何だよ。もぅ」
(……でも、会えなくてよかったかも)
アスファルトにネオンの光が微かに映るのを見ながら正直鉄はそう思った。
暑いとは決して言えない秋の夕方。ロンTが僅かに背中に張り付く。
とんだ一人相撲だ。ハハハと自嘲じみた笑いを洩らしながら鉄は何ともなく後ろを振り返り、そして眉を顰めた。
どちらかと言えば入ってきた反対側の大通りに近い位置に大きな影が見える。
先ほど自分が通って来た時には無かったはずの影。視力は良い方だが、それでも暗くてよく見えない。鉄は目を凝らして影を見つめた。
のそりと影が動き、鉄はビクリと肩を揺らした。白く細い何かが影の懐からダラリと路地に投げ出されたのである。
一体なんだろうか。妙な違和感と息を詰まるような緊張に鼓動が早まる。鉄は更に目を細めた。
「うっ……」
白く細いものはどう見ても人の腕だった。
それも恐らく女性か子供のものだ。遠目にもはっきりとわかるそれに、鉄は口に出しかけた言葉を咄嗟に呑み込む。そして自然と視線はゆっくりと上へ移動した。
背が高い。がっしりとした体形。肩まである髪を一つに束ねている男。薄暗くても見て取れる特徴。
鉄は思わず後ずさった。スニーカーのかかとが運悪くジャリと音を立てる。
通りの雑踏が消え失せ、やけに大きくその音が鉄の耳に反響する。
まずいと思った時にはすでに遅かった。さほど大きな音でもなかったはずなのに男はそれに気が付いたのだ。
男は静かに顔を上げた。スローモーションのようなその滑らかすぎる動き。
顔を背けたいのに、どうしてもできない。鉄は目を見開いて男が振り返るのを凝視していた。
「――っ!!」
ぼんやりとしているのに、恐ろしく鋭い眼光。
何を考えているのか、感情を持っているのかさえ見て取れないその双眸に鉄の背中に戦慄が走った。
見ればすぐ分かる。結木の言葉が脳裏をよぎる。
鉄は確信した。
――あの男が四人目のシンズ。
男の視線を真っ向から受けて鉄はその場に氷のように固まった。
やがて男は緩やかな動作で一歩、鉄へと踏み出した。同時に鉄も本能的に更に後ろに下がる。
鉄は持てる感覚の全てを研ぎ澄まして男の動きを窺う。
一刻も早く逃げ出したいが、タイミングを逸したら最期、簡単に捕まるだろう。
直感的にそれが分かっている鉄は今にも走り出しそうになる足を叱咤して、なんとかその場に留まった。
周りは明るく、通り過ぎる人々の声は騒がしいくらいなのに、鉄の視界には目の前数十メートル離れたところにいる男しか入っていなかった。
また一歩男が進み、鉄もジリと下がった。だがその時、鉄には見えてしまった。
男のすぐ後ろ、暗く冷たい地面に転がった女の子の顔を。半開きの瞼から覗く虚ろな瞳を。
その瞬間鉄は向きを変え、文字通り脱兎の如く走り出した。
恐怖で息ができない。今までのミッションで出会った罪人など比べ物にならない。あんなに恐ろしいものを見たのは生まれて初めてだった。
(あいつはヤバい、あいつはヤバいっ! 俺じゃだめだっ)
準備万端だったはずの足がもつれる。つんのめりそうになるのを必死に耐えて、鉄はカナンの待つポイントへと向かった
Merry Christmas and Happy new year! I wish you all the best in 2014.




