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風邪予防

「いやー、栗のロールケーキだなんて、なんだか季節ももうすぅっかり秋ですねぇ」

「……ソーデスネ」

 パクリとフォークで一口大に切ったロールケーキを口に入れる結木。とその前で仏頂面を隠し切れていない鉄。

 ハラヘリを出てその足で聖教会へと鉄がやって来た理由はもちろん、こんなノホホンとした言葉を聞きたかったからではない。少なくともこの腹黒エセ神父の口からでは決して、そして断じてない。

 だが、あいにくカナンは不在だったのだ。例の如く出現間近という新たなシンズの捜索のために聖女は今日も多忙なのだろう。

 つい先ほどまでのルンルン気分はどこへやら。今やヤサグレた気持ちを持て余しながら、鉄は目の前に出されたばかりのまだ湯気の上がる紅茶に口を付ける。が、

「ブッ!」

 突然吹き出した鉄。

 なんとか咄嗟に口元を抑えたためヴィジュアル的にヒドイ被害は出さなかったものの、口中が、喉が、そして鼻の奥までもがヒリヒリと焼けつくように痛い。

「おや、江川君どうしました?」

「ど、どうっで、こ゛れ゛なんですかっ!?」

 カップを片手に結木は軽く首を傾げる。

「これ?」

「これです、コレっ!」

 鉄はズイと結木の目の前に自分のカップを差し出す。そこにはまだ半分以上紅茶が残っている。ゆらゆら揺れる綺麗な薄赤茶色。

 が見えない程に表面びっしりと浮かぶ細かな赤い物体。

 すると結木は合点がいったという様に手をポンと打つ。

「あぁ、これですか」

「これですよっ!」

「これは、唐辛子です」

「トォーガーラーシィー!? なっ、何でそんなもん入ってるんですか!」

 顔を赤くして噛み付く鉄に結木はにっこりと微笑む。

「先日、紅茶に唐辛子を入れて飲むと体が温まるとビリーバーの方が言っていたのでやってみたんです。そろそろ秋ですからね。季節の変わり目は体調を崩し易いですし、今年は風邪が流行り出すのも早いと予報が出ているそうですよ。この大切な時期に江川君に風邪を引かれては大変ですから予防にと――」

「入れ過ぎですから! 温まり過ぎて痛いですからっ!」

「おや、そうでしたか?」

「そーぉですっ!」

「それは、……申し訳ないことをしました」

 思いがけなく結木はそう言うとしゅんと項を垂れた。まるでご主人様に「悪い子! メッ!」と叱られ、力なく耳と尻尾を垂れさせた大型犬のようだ。


(え? え!? 俺、言い過ぎた?)


 しおらし過ぎる結木の姿に鉄は焦る。

 何だかんだ言って、鉄史上初めて結木が見せた自分への思いやりだったと言うのに言い過ぎただろうか? 人の好意を踏み躙ってしまった気がして鉄の良心が痛む。

「いや、あのですね、お気持ちはうれし――」

「次回は振り掛けるのではなく、事前に煎じて置くことにしましょう。そうすれば一見分からないし、突き抜ける辛さも一足遅く……」


――前言撤回。やはりこの男は腹黒性悪エセ神父だ。


 ブツブツ言っている結木を前に、口元を拭いながら鉄は僅かに、だが確かな殺意を覚えたのだった。


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