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秋メニュー

「ごちそうさまでした」

 ケーキ結木ト代、締めて六百八十円をカウンターに置いて席を立つと、忙しそうに動き回っていたミサがカウンター越しに声を掛けてきた。

「あら、もう帰るの?」

「はい。ちょっと探し物があって」

 厳密には探し人だ。だが、ここは探し物と言っておいた方がいろいろと都合がいい気がした。

「そっか。じゃ、ちょっと待ってね……んっしょ。あぁ、あった」

 身を屈めてカウンターの向こうに姿を消したミサ。鉄が何事かと訝しんでいると、再び起き上がった彼女は小さな紙箱を鉄に手渡した。

「はい。これ、どうぞ」

「これは?」

「悩み多き青年にお姉さんからささやかなプレゼントよ」

 楽しそうに微笑むミサに促される様に鉄は小さく蓋を開けてみる。中にはロールケーキが入っていた。微かに栗の香りが広がる。

「もう秋でしょ? 来月からの新作ケーキを考えてるの。試作品でいくつか作ってみて、その中でもこの栗のロールケーキが一番の出来だったのよ。風間さんはこれで行こうって言ってくれてるんだけど、やっぱりお客様の生の声が聞きたいじゃない?」

「いいんですか?」

「いいのよ、市場調査ってことで。それに、鉄君は大切な常連さんなんだから」

 でしょ? と聞かれてコクコク頷く鉄を見てミサは笑った。

「あ、それから、カナンちゃんにも意見お願いしますって伝えて」

 思いがけない言葉に目を瞬かせる鉄にミサはウィンクする。

「今後のためにも、意見はなるべくたくさんの人に聞いた方が良いでしょう?」

「――っはい! 必ず伝えます」

「よろしいよろしい。若者はそうでなくっちゃね」

 そう言われて照れ笑いを浮かべる鉄。

 フフと微笑んでいたミサは、突然何か嫌な事を思い出したように眉を顰める。

「そうだわ。鉄君はこの辺の学校に通ってるから知ってるとは思うけど、気を付けて帰るのよ」

「え? あぁ、はい」

 小さな子供でもか弱い女の子でもない鉄に向けて、ミサはやけに「気を付けて」を強調した。それに違和感を覚え、困惑顔で応えた鉄にミサは僅かに目を丸くする。

「もしかして、鉄君知らないの?」

「えーと、……何かありましたっけぇ?」

 何かそんなに重要なことを聞き逃していただろうか。思い返してみるが、特に思い当たらない。襟足を掻きながら聞き返す鉄を見て、ミサは小さく息を吐いた。

「もう、ここ最近立て続けに起こってる失踪事件のことよ。小学生から高校生までの子が学校の帰り、フラッといなくなったきり見つからないってやつ。誘拐の可能性もあるからって今大騒ぎになってるわ。まぁ、鉄君は男の子だし大丈夫かもしれないけど、ついこの間はこの辺に住んでた子がいなくなったらしいじゃない。学校で先生に何にも言われてないの?」

「あー、そういえば確かにそんな様な事を……」

 数日ほど前、ホームルームの時に担任が言っていたのを聞いた気がしないでもない。だが鉄は詳しい内容は全く覚えていなかった。

当時の事を思い出そうとして思い浮かぶのは、


――長い黒髪に青い瞳。そしてよく見ると割と質量があると思われる柔らかそうな胸部……。


(ワァァァァアアアッ!!)


 なんて邪な事を考えてしまったのだ。鉄はロールケーキの入った箱を手に、溢れんばかりに満ち満ちてくる煩悩をブンブンと頭を振って退散させようとする。

そんな鉄を前にミサは首を傾げる。

「……大丈夫?」

「っは! あ、はぃ……」

 穴があったら入りたい、この箱の中に入れるものなら入ってしまいたい。そんな衝動に駆られながらも、現実的に到底不可能なのでとりあえず箱で顔だけでも隠す鉄。

 もちろん隠し切れてなどいないのだが、気分的に幾分マシなのだ。悲しいかな、煩悩有り余る男子高校生。

「本当に大丈夫?」

「大丈夫、デス」

「だったら良いんだけど……」

 そう言ったものの、鉄の応えに満足できないミサは鉄を心配そうに見つめている。視線が本当に本当に大丈夫? と繰り返し問うている。

「っと、じゃあそろそろ行きます。ケーキ、ありがとうございます」

 努めて爽やかに言いつつも、鉄は逃げるようにドアに向かう。

「そうだ、鉄君」

 再びかけられた声に振り返ればいつもの人懐っこい笑顔を浮かべたミサがいた。

「来週からランチのおすすめメニューに煮込みハンバーグが追加になるのよ」

「煮込みハンバーグ……」

 聞いただけでも美味しそうだ。その言葉だけで鉄の口内が潤ってゆく。だが、急に告げられた新メニュー追加のお知らせに鉄は僅かに首を傾げる。ミサはその様子に笑みを深めた。

「そう。鉄君、うちにご飯食べに来たこと無かったでしょう? 風間さんのカフェ飯本当においしいからそのうちランチも食べに来て。――よかったら二人で、ね? その時、ケーキの感想教えてちょうだい」


――二人。カナンと、二人で。


 鉄の脳裏に以前二人で初めてカフェ・ハラヘリに来た日の事が思い出される。そしてカナンが見せた笑顔が。

 また、あんな風に笑ってくれるだろうか。あの時感じた優しく暖かなものと淡い期待が鉄の胸に広がる。鉄の頬が自然と緩む。

 ミサは満面の笑みで鉄に手を振った。


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