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残念、ね

 と、その時丁度いいタイミングで空になったカップにコーヒーが注ぎ足された。

「あ、ども」

 慌てて体を起こせば、カウンターの向こうにコーヒーサーヴァーを片手に立つミサの姿。

「どうしたのー、鉄君? いい若者が眉間に皺が寄ってるわよ」

「ちょっと……考えごとを。ハハ」

 誤魔化しながら鉄は注がれたばかりのカップに手を伸ばす。芳ばしいアロマが鼻孔をくすぐる。

 あれ以来、鉄は何回かここカフェ・ハラヘリを訪れている。

 学校最寄りの駅前にあることもあるが、今では鉄はミサの作るモンブラン目当てに来ていた。甘いものも栗も、とりわけ好きなわけではないのだが、彼女の作るモンブランは鉄の別腹を刺激する。

 初めてハラヘリで一口食べて以来、鉄がここで頼むのはもっぱらモンブランとなっていた。

既に本日もケーキ結木トを頼んでモンブランは完食済みである。

「ここのところ、鉄君そんな顔してること多いね」

「え、そうですか?」

 面喰って聞き返した鉄に、コーヒーサーヴァーを戻してカップを拭き始めたミサは大きく頷いた。

「そうよ。鉄君てば、もの難しい顔しながらモンブラン食べてるのよ。もしかして美味しくなかったのかなって心配になって、鉄君の帰った後毎回モンブラン味見し直してるんだから。鉄君たちにも来てもらえなくなったら、私本当に自信無くしちゃうわ」

「なんか……すみません」

 言われるまで全く気が付かなかった。僅かに唇を尖らせたミサに言われ、鉄は戸惑いながらも素直に謝った。


(彰二にカナンのことを聞かれた時、珍しく俺の事も聞いて来たっけ)


「別にいつも通り」と答えると彰二は僅かに眉を顰めた。それ以上何も言わなかった彰二だが、何か言いだけだったのを覚えている。

 もしかしたら、あの時彰二が言いたかったのは、このことだったのかもしれない。

 するとミサが肩を竦めて苦笑した。茶色のポニーテールが小さく揺れる。

「謝らないでちょうだい。難しい顔して食べてる割に来る度モンブラン頼んでくれるんだから、味が悪いってことはないんでしょう?」

「それはもうっ、この通り」

 そう言ってキレイになった皿を見せれば、ミサは良かったと人懐っこそうに笑って目を細めた。

「そう言えば最近一緒に来ないけど、――カナンちゃん元気?」

「えっ!?」

 思いの外声量が出てしまった。そのことに気付き、鉄はすぐに器用にも俯き加減に周囲に目を巡らす。そして回りからの視線を集めていないことを確認してとりあえずほっとした。


――カナン。


 悶々と正にカナンその人の事を考えていただけに、何気なく出たその名に思わず必要以上に反応してしまったのだ。

 一方、そんな挙動不審な鉄にミサはただ、何も言わずにをお姉さんの笑みを浮かべている。

 まるで全て見透かされていそうだ。何を考えていたのかとか、誰の事を考えていたのか、とか……。

 邪な事を考えていたわけでは決してないのだが、コンビニで雑誌を立ち読みしている時に、あくまでたまたま近くに置いてあった水着のお姉さん達満載の雑誌に目が惹かれたのを見られた時の様に何だが無性に、ヒジョーに照れ臭い。

 居たたまれない鉄は取り繕うように口を開く。

「あぁーっと、カナンですか。えぇと、そうですね……」


――カナンちゃん元気?


 応えようとした鉄の脳内でミサの問いが繰り返される。そして、カナンの悲しげな笑みが蘇る。

「多分元気、です。今カナン忙しいみたいで、実は俺もよくは知らなくて……」

 尻すぼんでゆく鉄の声。口元を自嘲気味に歪ませているのを当の鉄自身はきっと気付いていないのだろう。

「……そうなんだ。残念、ね」

 ただそう静かに言って、ミサは再び手元のカップに目を戻した。

 店内に流れるBGM。時折キュッキュとカップを拭く音が乗り、テーブル席から僅かに聞こえ来る女子高生の楽しそうな声がそれにハモる。

雑音の満ちた静かな、穏やかな空間。

「……はい」

 呟くように答えて、鉄はまだ温かいコーヒーを一口飲みこんだ。


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