四人目
結木が静かに宣言した途端空気が張り詰め、カップを持つカナンの手に力が入ったのを鉄は見逃さなかった。
二人のただならぬ様子を訝しがりながら鉄は思案する。
(シンズ? どっかで……)
その単語を脳内で何度も繰り返しているうちに思い当たった。
セイントの話を結木から聞かされた時に、確かシンズというものもまた出てきていた。だが、それが何を意味するのか、鉄には見当もつかない。
空気を読んだ上、知った顔をしてスルーするという選択肢もあったが、この機を逃したらこの先聞くことはできないような気がして、思い切って鉄は口を開いた。
「ぁのー……シンズってなんですか?」
はっとして鉄を見た結木とカナン。
カナンは僅かに口を開いて何を言いかけたが、何も言わず俯いてしまった。その横顔には苦痛が滲んでいた。
何か、聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか。そんなカナンの表情を見るのは初めての事で、鉄は衝撃を受けると共に焦る。次の句を継げぬうちに、結木が小さく息を吐く。
「そうですね。江川君は聖教会について……我々についてあまりご存知ないですからね」
「はぁ、なんかスイマセン……」
「いいんですよ。和洋折衷なんですから」
典型的ジャパニーズらしく反射的に謝った鉄に結木は緩く苦笑した。
「シンズは……その名の通り、罪人の事です」
「罪人? ミッションのターゲットってことですか?」
それならば今までに何人もの罪人に復讐を遂げてきた。それが今更二人を深刻な顔にさせる理由が鉄には分からなかった。すると結木は首を横に振った。
「シンズと罪人。彼らはその根本こそ同じですが、言うなれば質が違います」
悪人である罪人に質も何もあるのだろうか。鉄は結木の言葉の意味するところを測りかねて首を傾げる。
「神から罪人に復讐することを許され、そのための力を与えられた者、セイント。そのセイントとそれをフォローするもの達、ビリーバー。それが聖教会の真の姿だと以前、話しましたね」
「はい、確かそんなことを……」
「聖教会にセイントがいるように、罪人にも同じくそれに相当する者たちが存在します」
「それって……つまり、特別な力を持った罪人がいるってことですか?」
掠れた声で訊ねた鉄を一瞥して、結木は目を伏せた。
「そうです。セイントの力が神から与えられた者ならば、彼らは悪魔から力を授けられた罪人。そして我々は、特に彼らの事をこう呼んでいます――シンズ、と」
――悪魔から特別な力を授けられた罪人、シンズ。
今まで復讐を行ってきた罪人たちでさえ十分やっかいだった。しかも、彼らでさえも純潔の槍を持つカナンがいなければ、少なくとも鉄一人の手に負えるようなもの達ではなかった。
(平たく言えば、カナン並みの力を持った罪人がいるってことだよな……)
そう考えるだけで鉄の背筋をゾッとしたものが走る。
と同時に先ほどの結木の言葉が思い出される。
「……スミマセン、聞き間違いだと思うんですけど、さっき新たなって、言いませんでした、よね?」
以前の様にまさかまさか、と手をヒラヒラさせて否定してくれるのを期待していた鉄を結木は小さく首を振って裏切る。
「えぇ、確かに言いました。今回の啓示が示したのは、四人目のシンズです」
「よ、四人目っ!? だだ、大丈夫なんですか?」
思わず詰め寄ってしまった鉄。
四人と言う数が多いのか少ないのか、基準なんてものは鉄の知る由もなかったが、既に少なくともこの世には三人の超超超危険な極悪人が存在しいて、そこに今更にもう一人増えようとしている。
シンズが一体どんなもの達なのか、未だにはっきり分かったわけではないが、その図はそれだけで十分地球上の生きとし生けるもののためによろしくないように鉄には思えた。
興奮を隠し切れない鉄を余所に結木はカップを優雅な所作で口元へと運び、コクリと紅茶を一口飲んだ。まるで午後のお茶の時間を楽しんでいるかのように。
「そうですね。実をいうと……そんなに大丈夫ではないですかねぇ。ハハハ」
「だ、大丈夫じゃないんですかっ!? って、なんでそんな呑気なんですか! 超一大事じゃないですかっ!」
先ほどまでの緊張感はどこへやら。すっかりいつものエセ神父の体に戻った結木にサラリと言われて、もはや元・事なかれ主義の鉄は噛み付かずにはいられない。
「まぁまぁまぁ、そんなに心配しなくても大丈夫です。人類の危機までにはまだ余裕があります」
「人類の危機って……。しかもまだって、近々やってくるみたいな言い方しないでくださいよ!」
「…………んー?」
「『んー?』じゃないっ! しかも今の間は何ですか、今の間はぁっ!」
「香りといい色といい、いやー、カナンの淹れるお茶はいつ飲んでも美味しいですねぇ」
「それはもう聞きましたっ。無理やり話を逸らさないでください」
「そうでしたか? それはまた失敬失敬」
わざととしか思えない結木の明らさまなトボケっぷり。肯定はしていないが、もちろん否定もしていない。
(……それって、つまり)




