リスク
カラン。
ポニーテールがよく似合うハラヘリの店員・ミサに付いて徒歩数分。
辿り着いたのは、こじんまりとしたカフェだった。店内に入った途端、おいしそうな香りが漂う。コーヒーではなく、シチューか何か。胃袋を刺激する、いい匂いだ。
オープンしたてだからか、はたまたランチの時間を過ぎていたからか客はあまりいなかった。
通されたカウンター席に座っていると、やがてギャルソンのエプロンを付けたミサがモンブランとガトーショコラを紅茶と一緒に持ってきた。
「はい、どうぞ。お待たせしました」
「ども」
「私、これでもパティシェなの。ここのケーキは私が全部作ってるのよ。中でも、このモンブラン! 私の自信作なんだから」
「そうなんですか」
カナンが笑顔で相槌を打っていると、キッチンから何かが割れる高い音が響いた。ミサは肩を竦めた。
「あ、店長だわ。またなんかやったのかしら。じゃ、ごゆっくり」
ウィンクをしてキッチンへと向かうミサの後姿を見送った二人。
鉄は早速ガトーショコラを一口食べてみる。甘すぎずモッタリし過ぎずちょうどいい。ついついフォークが進む。半分ほど食してお茶に口を付けたところで、やっと鉄はカナンが全く手を着けていないことに気が付いた。ただじっと目の前のモンブランを見つめている。
「食べないの?」
するとカナンははっとしたように顔を上げ、困ったように微笑む。
「いえ、ただ……外で何かを口にしたことが無くて……」
「外でって……今まで外食したことないの?」
半ば唖然として聞く鉄にカナンは気まずげに小さく頷いた。
「マジか……何で?」
聞いていいのか? と思った時には鉄は既に聞いてしまっていた。カナンは目を伏せて答える。
「……セイントだから。セイントは、いつ何時命を狙われるか分からないので、リスクを高めるような行動は制限されているから、です」
「リスクって……まさか何か入れられてたら、困るってこと?」
恐る恐る訊ねる鉄。
そう言えばカナンが学校で既成の食べ物を食べるのを見たことがなかった。常にお弁当を思って来ていたし、外に出るときも必ずペットボトルや手作りっぽいお菓子を持参していた。
特に気にも留めていなかったが、今思い返せば先ほどミサにオーダーする時も、僅かに戸惑う仕草を見せていた。
「……そうです」
「…………そっか」
そう言って鉄はフォークを皿に戻した。まさか、と思ったが、妙に納得できた。
罪人に復讐するセイント。
裏を返せばセイントほど罪人にとって厄介な存在はいないのだ。つまり、セイントに危害を加えたいと、果ては消してしまいたいと考える人間がいてもおかしくはないのだ。
鉄は今まで携わったミッションで出会った罪人たちを思い出した。
――あの人達だったら、やりかねない。
巧妙に隠していただけで、中には一見そんな危険で悪どい人物には見えない、普通の人たちもいた。親切なフリをして近づき、好意だからと言って何かを盛って差し出すくらい平気な顔で出来そうだ。
ミサが罪人だと言うわけではない。だた、誰が罪人かなんて、分からないのだ。
「ごめんなさい……」
消え入りそうな声で謝るカナンに鉄は無性にやるせなさを感じた。カナンが謝る事なんて何一つないのに。
鉄はおもむろにフォークを取ると、カナンのモンブランを一口掬った。
「いただきます」
目を丸くして見つめているカナンを余所に、そう言ってモンブランを口に入れる。
しっかり咀嚼して呑み込んだ。濃厚な栗の味が広がる。舌がピリピリすることもないし、変な苦みもない。
「あの、鉄くん……?」
困惑顔のカナンに鉄は笑った。
「大丈夫!」
「え?」
「変な味もしなかったし。おいしいよ、このモンブラン」
そう言われてカナンは更に目を大きくして鉄を見つめる。綺麗な蒼い瞳に鉄の顔が映る。
「あー、でも時間差で効くやつって言う可能性はまだ捨てきれないか……って、あ」
口を半開きにして見つめる鉄の前でカナンはパクッとモンブランを一口食べた。そしてまだ毒見をしていなかった紅茶にまで口を付ける。コクンと白く細い喉が僅かに上下した。
「おいしいです」
にっこり微笑むカナン。その笑顔はもちろん儚げでなければ聖女のものでもない、カナン・マジェッツのものだった。
ゴクっ。
「グ、げほっ」
何故か急に溢れてきた生ツバを思いっきり呑み込んで、そのはずみでむせる。
「大丈夫ですか、鉄くん?」
「だ、ダイジョーブ」
心配そうに覗き込んでくるカナンにそう答えるのが精いっぱいな鉄。
(どうした、俺っ!)
咳込みながら、息を整えていると突然「キャッ」とカナンが小さく声を上げた。




