act2-8
東シナ海
航空護衛艦《かが》飛行甲板
September 23.2021
MCH‐101掃海・輸送ヘリが《かが》の飛行甲板の上でホバリングしていた。誘導員の合図でゆっくりと高度を下げ、飛行甲板にギアを接地し、着艦する。着艦したMCH‐101に《かが》の医官と衛生員が駆け寄っていく様子をキャットウォークから笠原は見守っていた。
担架に乗せられて降ろされたのは秋本だった。担架に固縛されているが、医官に自ら手ぶりも交えて説明しているので意識ははっきりしているらしい。
「サメの餌になってなくて良かった」
その様子を横で見ていた瀬川が呟いた。
「足を怪我したらしい。しばらくは復帰できないだろう」
やはり無傷とはいかなかった。それでも重傷を負わずに済んだのだ。不幸中の幸いだった。
「情報が速いな」
「さっきのアラート中、無線を聞いていた」
先ほどまで笠原はアラート待機についていた。今やアラートには八人が常時待機していて、二人は三十分交替でコックピット・スタンバイ状態となっている。今は黒江がアラート待機に当たっていてアラートパッドに詰めていた。
「おい、見ろよ」
瀬川が呟いた。機体からは他にも見慣れぬ二人の男達が降りて来た。待機していた警務科の隊員が彼らを連れて艦橋に向かう。
「今の二人は?」
「中国軍のパイロットだ」
89式小銃を持って立入検査隊の装備を身に着けた隊員が警務隊員と共に彼らを連れて行く。初めて見る敵の姿に笠原と瀬川はしばらく言葉を失った。
「若かったな」
瀬川が呟いた。
「ああ、俺達とそう変わらないな」
空中戦で敵の顔を見ることなどない。だが、乗り込んでいるのが人間だという事を忘れたパイロットは一人もいないはずだ。実弾という真剣で戦っている相手もまた自分の歴史を持った人間だった。捕虜となった二人の中国軍人の存在がそのことを強く意識させる。
「しかし、この有事の時に機体にトラブルか。不安だな」
秋本が運び込まれていく様子を見送った二人はキャットウォークを歩いた。
「整備隊が寝ずに緊急点検している。俺は別に不安はない」
通常、このような原因不明のトラブルが起きればその機種は飛行停止となって原因究明が行われる。そのため、自衛軍は防空に穴が開くことが無いよう、三機種以上の戦闘機を運用していた。しかし今は有事のため、そうした措置は行われていない。
「そうか。俺は一つでも懸案事項は少ない方が気が楽なんでね。シャドウはフライト・リーダーとして三機も連れて飛ぶのにずいぶん、太い神経だな」
瀬川の言葉は皮肉に聞こえた。少し苛立っているらしい。
「今までずっとこの機体で飛んできた。今さらブッカーと同じことがすべての機体に起きるとは思えないな」
楽観している訳ではないが、もしトラブルが起きればそれはもう運命だったとして受け入れるしかないと笠原は思っていた。瀬川に続いて水密戸をくぐる。
「……未帰艦機がもう二機目だ。次は自分か、自分のウィングマンか。そんな不安が尽きない」
「セナ、不安があろうとなかろうと俺達はもうやることをやるしかない。余計なことは考えない方が良い」
「シャドウは考えないのか」
「考えないようにしている」
医療区画の方へ向かう。先日まで医療区画は撃沈された《しまかぜ》の乗員で溢れていたが、重傷者はCV‐22J多用途輸送機で空輸され、その他の負傷者も補給艦へ移っていたため、ベッドはほとんど空いている。
《かが》の医療区画は手術室、集中治療室、X線撮影室、歯科治療室など充実した医療設備を備え、六十床以上の入院設備を有している。衛生員に声をかけて中に入ると軽傷者用の二段ベッドの第二病室ではなく、重傷者用の第一病室に秋本は収容されていた。
布施二佐と加沢三佐がいて治療を見守っている。
「ブッカーは大丈夫ですか?」
「膝のねん挫と靱帯損傷。全治二週間だが、復帰は可能だ」
「良かった」
瀬川が胸を撫で下ろした。重傷を負えば飛行資格を失うこともある。まだまだこれからという秋本がウィングマークを失うことにならずに済み、笠原も安堵した。
「見舞いはまだ先だ。事故の状況を確認せにゃならん」
加沢が言った。
「分かってます。よろしく言っておいて下さい」
笠原は秋本のシューティンググラスを渡した。
「これが無いとあいつは落ち着きませんから」
「心得た」
加沢はにやりと笑った。そこへ紺色の作業服の上から特殊防弾衣を身に着けて拳銃を携行した海自の隊員が入って来た。彼らに連れてこられたのは先ほどの捕虜となったパイロット達だった。
「捕虜か」
「はい。一応、メディカルチェックを行います」
海自の隊員が加沢に説明し、退室するよう要請した。捕虜と接触する隊員は可能な限り少なくしたいらしい。秋本は医務官らに任せ、笠原達は医務室を出た。
「ずいぶん落ち着いていたな、あのパイロット達」
加沢が言った。
「俺達が捕虜になったら不安で一杯ですよ。向こうが国際法を守ってくれるのかは捕まってみないと分からない」
瀬川がそう言って肩を竦める。
「沖縄で捕虜になった自衛官はどういう扱いを受けてるんだろうか……」
布施の呟きに笠原は顔をしかめた。敵に寛大な扱いを祈るしかなかった。
沖縄
那覇駐屯地
September 23.2021
那覇駐屯地第51普通科連隊の生活隊舎。隊員達が生活するための居住用の建物である生活隊舎は一部屋が二段ベッドを使えば一個分隊十名ほどが生活できる程度の広さの居室となっていて、今は駐屯地の外で普段は生活している隊員達も押し込められていた。
駐屯地内の戦闘で降伏した酒本一曹も他の隊員達と同じように居室に詰め込まれて隊舎内に軟禁されていた。廊下には中国兵達が見張で立ち、動向を監視しているが、そこまで厳しい制限はなかった。とはいえ携帯電話などの外部と連絡を取る手段も取り上げられていて、現在の状況は全く分からない。
トイレに立つために廊下に出ると兵士が近寄ってきてたどたどしい日本語で要件を確認してくる。トイレだと答えるとトイレまで兵士がついてきた。数百人の自衛官達を捕虜として扱っている彼らも彼らで大変だ。
プライベートの無い生活には慣れていたはずだが、一人になりたかった。個室の便座に腰を下ろした酒本は溜息をついた。一体どうなっているのだろうか。このまま沖縄は占領され、我々は捕虜として本土に送還されるのか。部下たちを心配する余裕も無くなってきていた。
用を済ませて個室から出るとトイレの窓から営庭が見えた。中国軍の地対空ミサイルが配置され、設置された投光器の元、作業が行われている。那覇駐屯地が外国軍に土足で踏み荒らされている光景に怒りがこみ上げる。酒本は拳を握りしめると何度か深呼吸して気持ちを落ち着けた。トイレを出ると若い中国兵が睨むような目で酒本を見つめる。
「君は何歳だ」
中国兵は酒本の突然の質問に面を食らった。
「余計な口を訊くな」
中国兵の日本語はたどたどしい発音だが、正確ではある。
「日本にいた経験が?」
「お前たちは外国人を奴隷のように扱う最低な民族だ。お前たちには何も話さない」
「技能実習生か」
技能実習の受け入れ先の中には外国人を低賃金労働者として扱っているようなところも中にはあった。そこでの待遇で日本に対する印象を悪くする外国人も少なからずおり、トラブルや事件も起きている。
「それでこの任務に大義を感じているのか」
「……、」
中国兵はその言葉にわずかに表情を曇らせた。
「正義のためなら我々は命も惜しまずに戦う」
「正義のために戦うことなどあってはならない。必要なのは大義だ」
「大義?」
中国兵は酒本に向き直った。
「この戦争に大義が?沖縄に住む人々のことをどう思っているんだ」
「琉球を解放することは正義であり大義だ。お前たちは琉球の人々にも圧政を強いている。我々はそれを解放するために戦っている」
「軍事的侵攻による現状の変更が正義だと言うのか」
「部屋に戻れ」
中国兵はぴしゃりと言うとそれ以上会話を受け付けなかった。酒本は男達の匂いがこもる部屋に戻る。部屋の男達は皆、黙り込んでいて無気力気味だった。酒本が戻ってくると視線を向けてくる。
「どうしましたか」
澤三曹が酒本の顔を見て聞いた。
「俺達にはあって中国兵達に無いものはなんだと思う」
「は?」
他の陸曹達も顔を上げた。
「大義だ。俺達は侵略はしない。専守防衛だ。国を守るために戦う。奴らは沖縄を琉球政府として解放すると自分に言い聞かせてはいるが、後ろめたさや疑問は絶対にあるはずだ」
そう語る酒本を隊員達はじっと見つめていた。
「まだ負けてない。何をすべきなのか諦めずに考え続けるぞ」
酒本の言葉に隊員達は力強く頷いた。
東シナ海
航空護衛艦《かが》旗艦用司令部作戦室
September 23.2021
航空護衛艦《かが》のCICの後部に隣接したFICでは第五護衛隊群司令を始めとする幕僚らが集まり、作戦会議を行っていた。
「中国軍の動きがさらに活発になっています。沖縄の東側にも着実に戦力を展開させつつあり、これからの本格的な衝突を前に、敵は優位な状況を築こうとしています。空母艦隊とは別の艦艇を沖縄の周囲に配置。上陸作戦を阻止するために機雷の敷設作業なども行っている模様です」
「佐世保を出た輸送艦は第八護衛隊の護衛の下、太平洋側から沖縄に向かっています。明日の明朝にも合流予定です」
「中国は本気で我々の反撃を阻止できると考えていると思うか?」
「はっ……?」
福井海将補の言葉に運用幕僚は思わず聞き返した。
「我々が上陸してくるのを完全に阻止するつもりなら良いが、我々が上陸するのを前提に島内で住民を巻き込んだゲリラ戦を繰り広げるつもりなら、我々の取るべきオプションは非常に困難なものとなる」
「ゲリラ戦となれば水陸機動団などの専門部隊が対応します。艦隊は上陸作戦を支援しつつ、沖縄の制海権を奪還。沖縄島内の中国軍を孤立させます。我々の攻撃目標は、敵空母艦隊です」
中国人民解放軍海軍東海艦隊の《遼寧》空母戦闘群の陣容がモニターに映し出される。
「空母《遼寧》を中心とした艦隊です。これを殲滅することが出来れば今後の作戦展開を有利に進めることが出来ます」
「敵に政治的な打撃を与えることにもなる。攻撃オプションは?」
「艦載戦闘機による対艦誘導弾を使用した航空攻撃です。温存しているASM‐3を惜しみなく使います」
揚陸艦攻撃には使用しなかったASM‐3空対艦ミサイルは迎撃が困難な超音速巡航で飛翔する最新型の空対艦ミサイルだ。高性能な分、高価で配備数も当然少ないが、必殺の兵装と言える。
「本艦の能力の真価だな」
「潜水艦は?」
岡本が聞いた。最強のステルスである潜水艦の能力は岡本自身身に染みてよく知っている。特に日本の潜水艦の能力は非常に高い。
「潜水艦隊は、中国潜水艦の捜索と追尾で手一杯です。敵は二十隻以上の潜水艦をこの東シナ海と太平洋の狭い海域に集中配備していますから」
彼らには知らされていなかったが、海上自衛軍潜水艦隊司令部は狡猾にも、第五護衛隊群と第二護衛隊群からなる機動部隊を囮にして中国海軍の潜水艦を釣ろうとしていた。
中国海軍は日本の戦力を著しく落とし、なおかつ戦意を喪失させるためにも、そして戦果を上げるためにも航空護衛艦撃沈に固執しており、これを狙って艦隊へと集まっていた。潜水艦隊司令部にとっては、わざわざ寄ってくる潜水艦を見つけ次第、叩くだけで良かった。
潜水艦隊だけではない。航空集団もまた鹿屋及び奄美に進出させた航空隊を哨戒させ、敵潜水艦を捜索、発見次第攻撃しており、すでに多数の中国海軍の潜水艦が屠られていた。ただ水面下で最高のステルス性を保持する潜水艦の行動は内部でも完全に秘匿されているため、護衛隊群司令である福井すらその動向は把握していなかった。
「敵艦隊への攻撃には西部航空方面隊も加わります。第301飛行隊がすでに新田原に移動を完了。第6、第8飛行隊と共に対艦攻撃任務を遂行します」
「作戦発動のタイミングは?」
「全軍の情報収集能力を指向して敵艦隊の捕捉に当たっています。敵艦隊を捕捉次第、作戦を発動。増援を持って敵を全力で叩きます」
市ヶ谷は本気で敵艦隊を殲滅するつもりだ。岡本はこれから繰り広げられる激戦を想像し、それに当たるパイロット達のことを思った。
予約更新です。感想は多分確認できていないと思いますが、宜しくお願いします。
エタりませんよ……




