act2-7
沖縄
那覇市
September 22.2021
那覇市内は停電していた。さらには通信インフラも中国軍によって破壊されており、情報の入らないまま市民たちは外出を禁じられ、不安な夜を過ごしている。上空では絶えず航空機の爆音が響き渡り、時折道路を履帯で踏みしめる戦闘車両が市内を巡回している。
その闇に紛れ、影になった建物の脇を一列縦隊で音もなく駆け抜ける水陸機動団偵察分遣隊の六人の斥候分隊を率いる剣崎は那覇市内に潜入しようとしていた。目的は敵の野砲やロケット等を運用する支援攻撃部隊の捜索及び撃破だった。
先頭を進むナビゲーターと前方警戒員の坂田三曹と西谷三曹が素早く路地を曲がる。後ろに続く剣崎達は四周を警戒しながらそれに続いた。
路地を曲がった先で坂田が立ち止まって膝をついていた。西谷も阿吽の呼吸で膝をついて坂田とは別の方向を警戒している。
「この先に川が。渡河か、橋梁を通らないと中心部には向かえません」
坂田が班に停止を無声指揮で合図してから言った。隊員達は自然とゆっくりと姿勢を低くしてその場に止まる。剣崎はプレートキャリアに取り付けた胸の位置にあるアドミンポーチを開いて地図を確認した。
他に迂回する経路は無い。他の経路についても偵察してきたが、敵の動きが活発で隠密行動を維持するのは厳しかった。
「橋を偵察する。高所から確認してくれ」
「了解」
狙撃銃を突っ込んだスナイパーバックパックを背負った古瀬一曹が頷き、山城一曹と共に高所から橋を偵察できる位置へ移動を開始した。剣崎達は直接監視できる位置まで前進する。
古瀬と山城は素早く位置取る場所を見極めると建物の屋上に登った。古瀬のバックパックには狙撃銃が突っ込んであり、短銃身の19式小銃にはエイムポイント社製のマイクロダットサイトが装備されているだけのシンプルなものだ。古瀬の前を行く山城は中距離狙撃用の選抜射手小銃仕様とした19式7.62mm小銃で、等倍率から八倍まで拡大可能な可変倍率のショートスコープと二脚を装備している。それを軽々と扱う山城はバラクラバの下の表情にも余裕があった。
屋上に出ると素早く縁へと移動した。柵も何もなく、エアコンの室外機が置かれただけの屋上だ。バイポッドを立てて素早く小銃を据えて監視体制に入った山城の横で古瀬が対人狙撃銃2型をバックパックから抜いて構える。
「一〇、一三。歩哨を確認。橋の対岸に複数の歩哨。機関銃が設置されている。送れ」
『一三、一〇、直接目視。潜入に排除は不可避。排除せよ』
「了解。排除する」
山城は無線で指示を確認すると古瀬を見た。アキュラシーインターナショナル社製の狙撃銃をベースとする対人狙撃銃2型にボックスマガジンを込めて古瀬はスコープを覗き込んでいた。
山城はスコープ内に橋の左側に配置された機関銃の陣地にいる歩哨を捉える。二人の歩哨はカップに注いだお茶を飲んでのんびり見張りについているようだった。対岸を見てすらいない。
「ずいぶん余裕だな」
他に敵が近くにいないことを確認した古瀬と山城は狙撃態勢に入った。切換えレバーを単射にして再び狙うとようやくカップを置いて兵士がこちらを振り返った。それを見て山城はぎょっとする。
「女だ……」
それも若い。まだ二十代前半だろう。顔をドーランで塗っているが、顔と体のライン、そして伸びた髪から分かった。こちらに気付いた様子はなく、川岸を眺めている。その顔には緊張は見られなかった。
無理もない。ここは敵の前哨や警戒部隊が布陣した前線のはるか後方に当たるのだ。当然警戒も緩む。
中国人民解放軍には女性兵士のみで編成された女性部隊なども多く存在しており、女の進出が著しく、その割合は増え続けている。職種配置は主に後方職種だが、戦闘職種にももちろん配置される。
「右をやれ」
古瀬は冷淡に言うと狙撃銃の槓桿を引いて初弾を装填した。
「……っ」
山城は思わず息を呑んだ。無辜の市民、女子供のような弱者を理不尽な暴力から守るために山城は自衛官となったはずだった。女と戦うことは想像していなかった。
「いけるな?」
古瀬に確認され、山城は深呼吸した。古瀬は山城の動揺を読み取っている。
「問題ありません」
ちょうど、上空を哨戒する中国軍の戦闘機が頭上に近づいてきていて、ジェットエンジンの轟音が空に響き渡っていた。
「爆音に紛れて狙撃する。3で撃つ。3、2、1……」
山城は引き金を絞った。撃鉄が開放されて撃針を叩き、撃針の先が7・62mm減装弾の雷管を弾くと、雷管の炸裂によって装薬が爆発し、弾頭が腔線によって回転を与えられながら銃腔内を駆け抜けて飛び出す。サプレッサーによって減音されているが、音速を越える銃弾が飛ぶ音は響く。しかしそれは頭上を旋回する戦闘機のエンジン音によって掻き消された。
放たれた19式7・62mm減装弾は、まるで殺されることを想像もしていない穏やかな表情の女兵士の額を撃ち抜いた。せめてもの救いは彼女の脳幹を一撃で粉砕出来たことだ。彼女は死を実感するよりも早く速やかに体の全機能を喪失した。
「歩哨を排除。橋は通過可能」
しばらく敵側に動きがないことを確認して古瀬が無線に吹き込む中、山城は撃ち抜いた女兵士の顔が頭から離れず、何度か目を瞬いた。今はこんなことで動揺している場合ではない。古瀬のように感情を排除しなくてはならない。
剣崎達が橋を渡り切るのを山城は援護した。剣崎達は橋を渡り切るとペンライトで合図を送ってくる。山城は去っていく轟音に紛れて階段を下り、橋へ急いだ。
橋を渡った先で山城は自分が斃した兵士の顔を見ないようにしながら剣崎達と合流した。先に到着していた剣崎達は周囲を警戒しながら銃器を分解して川に捨て、死体を片づけていた。
眉間を撃ち抜かれた女兵士は目を細めたまま倒れていた。後頭部は空洞現象で弾けていて長い髪が血肉に塗れている。
突然、山城の肩を剣崎が叩いた。
「平気か」
「はい」
山城は素っ気なく答える。野中が無表情で近くの電柱の影に膝立ちして警戒している。古瀬とその観測手の三曹が二体の死体を物陰に運んだ。
「行くぞ」
剣崎の号令で分隊は前進を再開する。
「山城一曹、戦場では男も女も違いはありません。女を撃ったからと言って気に病まないで下さい。男女差別ですよ」
剣崎の傍から離れない野中が山城に向かって言った。ぶっきらぼうな物言いだが、気遣いだった。
「……分かったよ」
ここは戦場、相手は兵士。そうだとしても山城の心の中の倫理観が割り切れないのだった。
「次撃つときは私が撃ちます」
野中はそう宣言して再び剣崎の元へと戻る。
「……おっかね」
山城の傍にいて耳を傾けていた坂田がぽつりと呟いた。
「あの人を怒らせないで下さいよ」
西谷が言う。どうしてこの二人は戦場だというのにこうも平然としていられるのか山城には不思議だったが、仲間達の言葉に少しは救われた気持ちになった。
「分かってるよ」
女を撃ったことを気に病んでいるのは野中に失礼だった。今はまだ他に気にすべきことがある。山城は先ほどの出来事を頭の片隅に追いやると自分の為すべき任務に意識を集中させた。
沖縄
名護市
September 23.2021
北部演習場から中部の名護演習場にまで第13普通科連隊第1中隊は前進していた。中隊主力はヘリボーン後も順調に前進しており、一部は車輛を使って移動し、金武ブルービーチを偵察し、遊撃行動を開始していた。北部へ進出しようとする中国軍部隊や警戒部隊を襲撃・伏撃して敵を妨害している。
撃墜され、主力と離れた山野達の小隊はすでに四十キロ以上を踏破してようやく名護演習場に入ったところだった。
「小隊止まれ。ここで二十分休止、通信を確保する。周囲を警戒しろ」
梶三尉が指示し、隊員達は周囲に散ると背嚢を転がしてそれを盾にするようにして伏せながら周囲を警戒した。休止というのは休憩ではない。警戒を続けなくてはならなかった。疲れからその場に寝転がりたい気持ちを戦場の緊張感によってなんとか堪え、山野は伏せ、警戒しながら足の疲労を和らげるために靴紐をわずかに緩めた。足は熱を持っていて汗でふやけている。
梶は林内でも中隊主力と通信を確保するため高い位置を探して通信手らを連れて行った。
「平気か、山野」
耳をすませていなければ聞き逃しそうな小声で坂東が声をかけてきた。坂東は十メートルほど離れた木の傍で仰向けに寝転がりながら小銃を構えて周囲を警戒していた。
普段、アルプスの山を歩き抜く山岳連隊の隊員なら余裕、と答えたかったが、常に敵を警戒しながら歩き続けていたため、神経がすり減っていた。
「ああ。お前はどうだ?」
「足がくたくただけど、お前のお勧めで買ったメリノウールの靴下、調子良いな」
「あれ、冬山用だぞ」
「あ、そうなの」
相変わらずとぼけた坂東に、山野は安心した。メディックの板垣も同様に警戒していたが、その表情はまだ活き活きとしている。偵察隊の斥候陸曹――名乗らなかったが、名札には宮野と書かれていた――は背嚢を下ろすと履いていた靴を脱いでいる。半長靴ではなく、市販のトレッキングシューズだった。
「偵察隊は自由でいいな」
「金はかかるが、快適さは追及するよ。少しでも余裕があった方がいいからな」
宮野はそう言って足にワセリンを塗り込むとすぐに靴を履く。士気の高い隊員も多いが、勿論、疲れ切っている者もいた。
特にチヌークに搭載されていたM240機関銃をここまで運んできた三和は疲弊していた。荷物は分担して持っているが、約十二キロのM240は重い。
「俺達、なんで南下してるんですか?」
エネルギーゼリーをむさぼりながら柳沢が聞いた。その顔は疲れ切っていた。
「そりゃ戦うためだろ」
「どうやってです?」
「遊撃行動だ。伏撃や襲撃、色々あるだろ」
「自分、レンジャーじゃないですよ」
「つべこべ言うな。俺達はやれって言われたらレンジャーでも空挺でも何でもやらなきゃならないんだ。今は中国に沖縄を取られるか取られないかっていう瀬戸際なんだよ。沖縄を守るために出来ることをやる。国家の意思なんだ。可能不可能の問題じゃない。国家の意志を発揮する時に誰かが命を投げ出さなければならないのなら、俺達がそうすることになってる。その時のために俺達は存在するんだ」
「……俺達、死ぬんですか」
「命の危険も顧みずってことだ。お前、死にたいのか。俺は死にたくないぞ」坂東が言った。「俺の遺書なんて滅茶苦茶だし、あの法務官から電話番号聞かないと」
「そう言う事言ってるやつが真っ先に死ぬんじゃねえか、馬鹿」
山野は近くの小石を坂東に投げつけた。
「お前たち、ちゃんと警戒しろ。私語を慎め」
宮野が山野達を嗜めるが、半ば苦笑している。そこへ梶が戻って来た。
「班長、組長は集まれ。我々にやっと任務が付与されたぞ。我々は今から第6戦闘隊だ」
汗だくのまま休むことなく梶が声をかける。山野は重い脚を引きずるようにして梶の元へと向かった。
「これから道路に出る。そこで中隊の車と合流して一気に南下、嘉手納手前の地域の情報収集を行う。だけど、中隊のドライバーがこの演習場に不慣れで今、迷子になってるらしいから休む猶予はある。車が敵と遭遇せず、無事に最後の統制点を通った報告が入ったら動き出すぞ。それまで休め。警戒は四十パーセント。レンジャー班は?」
レンジャー班の組長たちが手を上げる。
「道路に出るにはこの先にある谷を下らなければならない。迂回は出来ない。潜入セットを持って先行してロープ構成を頼む」
「了解」
レンジャー流の返事をし、梶は幕僚活動のために通信手と共に遮光のためのポンチョを広げる。
レンジャー班の班員と中隊のレンジャー隊員と共に山野達は先行した。




