act2-9
沖縄
那覇市
September 23.2021
那覇市内のアパートの一室では特殊作戦群情報中隊と中央情報隊現地情報隊の隊員、そして第十五旅団の合流者等からなる諜報部隊による情報収集が続けられていた。偵察のために私服で外に出ていた現地情報隊の諜報員が戻ってくる。すでに外に隠蔽して設置した監視カメラでアパートの階段を登ってくる諜報員の人着(人相や着衣)は確認済みだが、決められたドアのノックを確認してから開けられる。入って来た諜報員は渡されたタオルで顔面の汗を拭いながら桂城の前に報告に立った。
「深刻な顔だな、悪い知らせか」
桂城がその諜報員に聞いた。
「残念ながら。この周辺の三キロ範囲に監視者が少なくとも五名、ランダムのパトロールも徐々に哨戒半径をこちらに狭めています。囲まれています」
「那覇からも敵機械化部隊二個小隊が市内へ新たに向かったという報告があった。恐らく目標はこの拠点だろう」
「ここを特定されたのか?」
木根三尉が口を挟む。
「そのようだ」
高瀬は何でもないように落ち着いて言うが、功刀の心拍数は緊張から高まりつつあった。
「どうするんです?」
「敵の包囲が完成しないうちに打撃を与えて突破する」
高瀬は部下の情報中隊員に無線で他の拠点に分散している組と連絡を取らせた。
「これより無線封止を解除。傍受態勢を維持。一号配備、戦闘態勢に移行」
「我々も一号配備だ。準備しろ、配置につけ」
桂城の言葉を聞く前に一同は準備を整えていた。功刀も携帯無線機の通話をチェックし、私服の上から、それだけで軽易な任務をこなすことの出来る程度の各種ポーチや拳銃用のホルスターを取り付けた弾帯とサスペンダーで構成された通称ベルトキットを身に着け、その上からパラクレイト製のOD色の戦闘ベストを被る様に着用する。
戦闘ベストに取り付けた弾納は既に弾を詰め込んだ弾倉で満たされており、抗弾プレートの重みも加わってずっしりと重い。
さらに主武装のM4カービンを持って素早く点検する。四倍率の戦闘光学照準器を取り付けているが、試射も出来ないため、レーザーを使って気休めの零点規制をしたに過ぎないが、これで戦うしかない。弾倉を挿し込むと槓桿を引いて初弾を装填し、ベルトキットに取り付けたホルスターに収めるP229自動拳銃のローディングインジケーターを兼ねたエクストラクターを確かめる。
「二組、三組、準備よしとのこと」
無線をモニターにしている隊員が報告した。その後方では機密破棄のために書類を浴槽に入れて火を点け、ハードディスクなどを電子レンジに放り込んでいる。
「機密破棄よし」
桂城に諜報員が報告する。傍受していた敵の通信情報や撮影された画像などはすでに衛星回線で送信済みだ。
ちょうどアパートの前にディーゼル車が停まる音が聞こえた。ブラインドから外を窺うと鉄馬XC‐2030大型トラックが二輛、それにジープタイプの勇士BJ‐2022多用途車二輛が停まり、中国兵達が素早く降りてくるところだった。周囲の街路を封鎖し、兵が展開していく。
「約一個小隊の敵歩兵が展開中」
落ち着いて情報中隊員が報告する。一同が武器をいつでも撃てる状態にして待機している。功刀は緊張がみなぎり、手が震える。自分は彼らのような特殊部隊員でもなければただの一般隊員だ。木根の顔を盗み見ると、木根もまた強張った表情でM4を握っている。
「配置よし」
各員が静かに事前に決められた所定の位置についた。
「階段を登ってきたぞ。九名だ」
アパートに仕掛けた隠しカメラをモニターする隊員が言った。
「敵は廊下。間もなくドアの前」
「歓迎してやってくれ」
高瀬の指示で情報中隊の隊員三名がサプレッサー付きのHK416を壁に向かって構えった。モニターする隊員が頷き、無言の目配せが行われ、三人が一斉に斉射する。
バシッ!というサプレッサーによって鞭が空気を切り裂くような音に抑えられた射撃音が連続して空気を叩き、ドアと壁にミシン目のような弾痕が刻まれる。
「啊!」
「这起枪击案!」
廊下で悲鳴と叫び声が上がった。日本の家屋の壁は薄い。5.56mmフルメタルジャケット弾で簡単に貫通した。横薙ぎに射撃された5.56mm弾が貫通し、廊下を進み、今まさに突入しようとしていた中国兵達を直撃し、その肉を抉り、骨を砕く。三人が受け持ちの区画に弾丸を叩き込み終えて射撃を中断すると、鈍い音共に崩れ落ちる音が聞こえた。
「クリア」
「起爆しろ」
間髪入れずに事前に仕掛けられた爆薬を躊躇なく起爆する。この部屋に隣接する部屋の壁がすべて爆破され、突破口が開かれた。
「成功」
「移動する」
「行け」
射撃した隊員達が壁に向かって据銃している間に功刀たちは破られた壁を抜けて隣の部屋に移動する。
再びサプレッサーに抑制された銃声が鳴り響く。突入した兵士と通信が途絶し、突然アパートの内部で爆発が起きたため、慌てて中国兵達が飛び込んできたのだ。それを主力が移動する間に敵を足止めするために残った隊員達が撃ち倒した。
隣の部屋に移動した隊員二名が玄関のドアを蹴り開けて廊下に小銃を構え、新たに階段を登って来ようとする中国兵に向けて牽制の制圧射撃を行い、足止めする隊員達の後退を援護する。
功刀たちは高瀬を先頭に三つの部屋を抜けた。四つ目の部屋は床も爆破されていて、下を見下ろすと一階の床も爆破され、半地下になった倉庫までつながっていた。偶然半地下があるアパートを選んだのではなく、全て計算のうちだった抜け目の無さに功刀は感心どころか呆れた。
ロープを素早く結んで隊員達はロープ伝いにその半地下まで次々に降下する。
『後続第二陣、排除。封鎖し、後退する』
「カバーよし、カバーよし。下がれ」
アパートの外から凄まじい数の銃火器による射撃音が鳴り響き、一階の窓という窓を撃ち抜く。大口径の重機関銃で制圧射撃を行っていて、さらに対戦車ロケット弾まで撃ち込まれ、各部屋を破壊し始めた。突入した敵が火力支援を要求したらしい。
功刀も降下用のラペルグローブを身に着けて半地下まで降下する。地下からはアパートの側面側から外に抜けられる入口があり、すでに隊員達が外に展開していた。
このアパートを包囲するために展開していたであろう中国兵がアパートのプラスチックの塀越しに撃ち抜かれて地面に倒れている。
蹴散らされたプラスチックの塀を抜けて路地を駆け抜ける。
功刀はその場に倒れている反撃の暇すら与えられずに死んだ兵士を思わず茫然と見た。彼らは自衛軍よりも実戦的な訓練を受けてきた精兵だった筈だ。それを呆気なく倒していく特殊作戦群の隊員達はまるでマシーンだった。息するように自然に射撃を行っている。
路地を一気に進む。事前に逃走ルートは決められていて功刀も覚えるよう強要されていた。狭い路地をジグザグに進むように不規則に移動していく。
「敌人就在这里!」
中国兵の叫び声が背後から聞こえた。殿を務めた隊員がM4カービン小銃を発砲し、叫んだ兵士を撃つが、銃声が狭い路地内に響き渡る。
「追手だ」
横の路地を警戒していた木根三尉が声を上げた。ジープのような外観の勇士BJ‐2022小型多用途車が向かってくる。
「撃て」
木根が膝射ち姿勢を取って発砲し、その上から覆い被さるようにして功刀が射撃した。初めて撃つM4カービンの反動はマイルドで押さえやすい。弾丸を浴びた小型多用途車から兵士が転がり落ちてきた。
その車の背後から四名の兵士が素早く路地に展開し、射撃してくる。功刀の隠れた遮蔽物を銃弾が叩き、火花が爆ぜて遮蔽物の破片が飛散する。
「擲弾指名」
高瀬の言葉にM4カービンに擲弾銃を取り付けた諜報員が素早く発射準備する。
「撃て」
グレネードランチャーが発射され、BJ‐2022小型多用途車に直撃して炸裂する。榴弾の破片を浴びた兵士が崩れ落ち、車に搭載されていた物が燃え始めた。生き残った二名の中国兵が突撃銃を連射しているとその後ろから新たな中国兵達が展開し始める。
「分断されるな。制圧射撃」
全員がその路地を渡るために功刀たちはありったけの射撃を浴びせる。
「発煙弾」
特殊作戦群の隊員が煙幕手榴弾を投げて煙幕を張る。その間に後続の隊員達も路地を走り抜けた。銃に新しい弾倉を込めようとすると「弾倉は捨てるな」と高瀬に言われ、功刀は空になった弾倉をダンプポーチに突っ込む。
「行くぞ。この先に逃走車両を用意してある」
桂城が同じように弾倉を弾納に戻しながら言った。
「用意周到なこって」
木根が呆れたように呟いた。
「予定通り、陽動を行います」
二人の情報中隊員が小型指向性散弾や対人障害Ⅰ型等のトラップをバックパックに詰めて本隊と別れた。少数で敵を混乱させ、敵の追尾を引き付けて本隊の離脱を援護するのだ。命がけだが、本隊が確実に脱出するためには必要だった。
功刀たちは街を走り続けた。真っ直ぐに走らずに時折曲がって敵の追尾が無いか警戒する。時には民家の庭も突っ切った。
合流地点に到着するとそこは静かだった。家の垣根に隠れて隊員達はそれを待った。
しばらくしてからそこへ黒いSUV車やワゴン車、ミニバン等が五輛、走り込んでくる。
「遅いぞ」
「乗れ」
乗っていたのは現地情報隊の諜報員だった。潜在拠点が包囲されたことを知らせたチームの一人で、私服にMP7短機関銃のみという軽装だ。駆けつけたSUV車の後部座席に乗り込む。
功刀のSUVに乗り込んだのは高瀬と木根、特殊作戦群の陸曹だった。
「急げ。全員、分乗して各個に合流地点を目指せ」
各車は発進すると分散する。
「ここで走ってる民間車なんて俺達の車くらいだ。目立つぞ」
木根が呻いた。最もな意見だ。那覇市内は戒厳令下にあり、市民の外出は制限されており、各地に検問も設けられている。すぐに捕捉されるのは目に見えていた。
「普天間公園に向かう。その手前で車を捨てて潜在拠点に向かうぞ」
東シナ海
空母《遼寧》
September 23.2021
《遼寧》の飛行甲板には新たに殲撃J‐15戦闘機六機が着艦していた。
主翼を畳みながら駐機スポットへと向かう殲撃J‐15を見つめた朱剣英はそれを複雑な表情で見つめていた。降りて来たパイロット達は皆、青年で若い。朱の隣に立った梢上尉より年上の者はいなかった。
朱の姿を認めてパイロット達がヘルメットを小脇に挟んで姿勢を正し、敬礼してきた。
「趙中尉以下、六名。ただいま到着いたしました!」
「君達を歓迎する。時間がない。ついて来い」
朱はそう言って艦橋構造物に向かった。パイロット達は緊張した面持ちでそのあとについてくる。
艦内の会議室にはすでにこの《遼寧》に展開した第一空母航空連隊のパイロット達が集まっていた。三十六機を搭載していた《遼寧》は九機を失い、たった今六機の補充を得た。パイロットに余裕はない。それでも第一空母航空連隊には名誉挽回が求められていた。
攻撃目標は日本の空母機動部隊だった。日本の二隻の空母を海中に没しせしめ、東シナ海の実効支配を確固たるものとしなければならない。この《遼寧》の戦力だけでなく、再び海軍空軍の支援を受ける。今度こそ仕損じるわけにはいかなかった。
「敵の防空隊を殲滅するにしてもイージス艦の存在が脅威です。あれをなんとかしないと対艦ミサイルも空母に届かない」
連隊長の説明を聞いていた飛行中隊長の一人が質問した。
「それについては電子戦攻撃で対処する。敵のレーダー波を妨害し続けるためにも電子戦機は絶対に守り切らねばならない。戦狼隊はこれを死守せよ」
朱は顔色を変えずに「了解」と答えた。
作戦会議を終えた朱は中隊に新たに加わる列機パイロット達を見た。梢上尉、李上尉、諭中尉の次席となるのは新たに着任した趙美鈴中尉だった。
身長は一六〇センチをわずかに超えるほどの小柄で細く、まるで少年のような面差しで、ショートカットの趙は目と表情だけは軍人のそれだった。
朱は趙の事を知っていた。女性の戦闘機パイロットは中国では増えている。それでも男に比べれば圧倒的に少なかった。
「お前たちの前任は皆、勇敢に戦って死んだ」
李上尉が新任者たちの前に立って言った。
「前任以上に働いてもらわねば困る。足を引っ張るな」
李の言葉にパイロット達の顔は強張った。
「まあ、そう固く構えるな。死んでは任務を果たすことは出来ない。生きて戻ってこい。それ以上を私は望まない」
朱が言うと梢も頷いた。
「今から実際に飛んで訓練を行って連携を確認している暇はない。出来る限りのことをやって臨もう」
梢の言葉に趙はほっとした表情を浮かべる。あどけなさの残る趙を見て朱は複雑な気分だった。まだ母国には余力がある。戦力の出し惜しみをしている筈はないのだが、趙のようなまだ経験の少ないパイロット達が増強の戦力として送られてくることには違和感があった。
その後、僚機間の連携のためにパイロット達は編隊ごとに分かれた。
中隊長の朱をサポートするのはこの中隊でも優秀な梢上尉で僚機は決まっていた。残りの二機は趙中尉と周中尉となった。敵機が背後に回り込んで攻撃を仕掛けてきたらどのように散開してお互いをサポートしつつ反撃する。敵機の編隊を捉えた時、どのように攻撃を仕掛けるか。対空ミサイルを回避する際の散開要領など様々だ。飛行機の模型を使って実際の無線のやり取りを行う。
朱は時折、趙と周に質問を行う。残りの残兵装は?今の高度は?敵はどちらに向かって飛んでいるのか。頭の中で様々なイメージを行う。
周はこの連携訓練が苦手なようだった。質問にしどろもどろになり、自信の無さそうに答える。一方、趙は間を置かずに次々に答えていった。
「飛行時間は?」
「一千時間を越えました」趙はその質問に対しては不安そうに答えた。「問題が?」
「いや……優秀だな。生き残れば編隊長資格もすぐに取れるだろう」
朱の言葉に趙は一瞬驚いた表情を浮かべた。
「作戦は十二時間後だ。今はゆっくり休め」
朱はそう言ってしめくくると解散した。その後ろ姿を趙は見送る。




