4話 状況を確認しよう
ふと、気がつくと前世の死ぬ間際にいた居酒屋にポツンと立っていた。
周りには客の騒ぐ音、ジョッキの交わる音、店員の掛け声など、活気溢れる音で溢れている。
「…?あ!夢か。夢を見てたのか」とほざいたものの
…なぜかそこに自分だけはいないという確信だけがある。
瞬きをすると紫紺の瞳をした同じ色の髪を持つ女が何の気配もなく現れる。
その姿やオーラは何とも神々しいものであった。
「もう死んでしまったのですね。なんともお早い」
周りはこんなにもうるさいのに彼女の声はえらく鮮明に聴こえた。
「残りの命はあと99…です。ご健闘を…お祈りします」
彼女は何かが聞こえたかのようにほかの方向を向いた。
「…あ?もういい?…そーいやそうだったな。つかどうせ忘れんならこれやる意味なくね?」
それはまるで別の誰かに話しているようだった。
「…あー…だり……言ってない言ってない!あぁもう!やりゃいんだろやりゃ!…何にしよ……おいお前!魂に刻めよ!」
『死は救済で——』
「あっタンマタンマ!!これマズい!えぇーっと…」
『神界は設置タイプの精神安定剤』
がばっ!
気がつくとベットの上にいた。
「ここは…俺の部屋…なのか?…たぶんそうだな」
…死んだ…のか…?俺。
夢なんじゃないかと思うぐらいなんてことはなかった。
さて、これはどういう状況だ?
頭の中だけでは整理がつかない。
「俺は昨日の夜、図書館で寝過ごして、魔物と遭遇して…」
身がぶるりと浅く震える。
「紫のスライム?に殺された…のか…」
「痛みは…鮮明だ。夢の出力じゃ無い」
ただ…
「なんでこんな平然としてんだ…?」
あまりに感情と記憶が乖離している。
…
「設置タイプの精神安定剤…」
ん?
いきなり頭の中に言葉が降ってきた。しかしそれは元から脳に存在しているかのように腑に落ちてしまう。
「めちゃんこ納得してるんだが…なんだ?設置タイプって。しかも剤…何言ってんのか全然分からん」
しかし、これ以上考えようがない。ならばこれは一度スルーして次の考え事に移ろう。
では、改めて…
待て待て、1番重要な部分を見落としていた。
そもそも…ん?待て。やはり理解が追いつかん。
俺は…俺は生き返った…?
何故…?
暫く考え込んでいたが、ふと頭をよぎったものが点と点を繋ぐ。
「転生者特典…!」
そうか!そういうことか!
あの称号、[天照=不死鳥]は不死の能力を表していたのか!
そしてこれは超常的な能力。然るに転生者特典…!
逆に何故今の今までそれを考慮していなかったのか。
体が千切れたと思ったらここに居たのだ。そりゃ意味分からなすぎて頭ごっちゃごちゃにもなるわ。
はぁ〜スッキリした。多分あの変な言葉は神のお告げで復活時に精神汚染が軽減されるとかそんなとこだろう。
どうやら俺は超現象にも理屈は欲しいタイプらしい。
さて、改めて昨日の夜のことをまとめよう。
まずは…
何故!!!
市街地に!!!!
魔物がいるんだ!!!!!
ふぅ…本当になんでいるんだ?
…考えても迷宮入りしそうなため、そこはスルーしても良いのかもしれない。
気分転換にベットから身を出し窓の外を見やるとある異変に気づいた。
地面に傷跡は散見されるが家屋に目立った傷が無い。
もしかして魔物は家屋を狙わないのか...?いったいなぜ...?
誰かに命令されてるとか?魔王とかがいて命令していたら面白いかもな。
それも気にはなるが、それよりも街があり得ないほど静かだったのが特に気になる。今も傷付いた道を避けつつなにも怯えずに歩いている人がちらほらといる。
街の住民はこのことに慣れているとでもいうのか?あの魔物に?あの恐怖に?
…いや、シンプルに遭遇したことがないだけか。外は魔物が徘徊していて家の中は安全ときた。逆に外に出る理由がない。会わなければ恐怖もしない。
夜に外出するのは俺のようなこの世界について知識をもたないものか、怖いもの見たさにわざわざ外にでるやつか、酒や性欲に脳を支配されているやつか、いずれにしろよっぽどの間抜けというわけだ。
まぁでもさすがに毎晩出ることはないだろう。毎晩出るのなら住民もさすがに何かしら対応したり俺の気が狂ったりして、街の隅に柵が置かれたりゆくゆくは俺が部屋に閉じこもってる姿が見られるだろうからな!
そうでないことを神に祈るぜ!
一呼吸おいてチラッと時計を確認する.........?
時計が無い?
そういえば色々歩いたがどこに行っても時計を見なかった気がするな...
一思考を終え、疑問が残ったまま俺は起きたばかりにも関わらず再び眠ることにした。
子供の体による無尽蔵な睡眠欲は簡単に俺を眠りへと誘い、俺は一瞬のうちに眠りについた。
「時計どこ...?」
寝言と共に目を覚ました俺はこのまま動かないのもなんだかなぁと思い外に出ることにした。
その前に...と
昨日の1日で嫌いになった前髪を恨みがましく掴み上げる。
「お前は切らないとなぁ...?」
視界不良のストレスから脱却すべく、ひとまずは部屋に置いてあったヘアピンで無造作にかき上げた髪を固定する。髪を切るまでの応急処置だ。特段違和感を感じる出来では無いだろう。
俺は鏡を…鏡…部屋にないな……窓でいいか。窓に映る反射した自分を確認する…窓もないな……あ…外に大きな水溜まりが…
「ぷっ」
外に出て反射したそれを見て笑ってしまった。なんと不恰好か。容姿の整ってそうな顔を一気に台無しにしてしまうその髪型を俺は慌てて解き、別の髪型を思案する。
センター分けか?いや、何か違う…………ん?
手の平をポンっと叩く。
自分で切ればいいじゃないか!
自分の部屋に刃物がなかったため、この身の母の居るリビングへと向かうことにした。
ノックの後2分で扉を開けた母は不思議な生物でも見るかのような目でこちらを見てくる。だが今日も目が合わない。
「髪切りたいからハサミを貸して欲しい」
俺のその言葉に帰れの圧を出し始めていた母は意外にもすぐにハサミを持ってきてくれた…と同時に俺の伸びた後ろの髪を一本手繰り寄せハサミでチョキンと切った…
!?
「あ…切れるんだ…返さなくていいから」
何が…?え?
そうぶっきらぼうに言ったきり扉を閉められてしまい、さよならも感謝も言えずに奇行に走った母に疑問を浮かべながら自室へと戻った。
…としても鏡がなければ意味がないためハサミを持って水溜まりの前まで来た。
水溜まりを見ては持ってきた窪みのある器の上で髪を切るのを繰り返し、ものの5分程度で仕上げる。
幼少期より培ったスキルを遺憾なく発揮し、見事いい感じの髪型にする事が出来た。よく妹の髪を切っていたのだが、妹がいて良かったと再認識させられたな。
幼少期はひどく不恰好でクレームが凄かったな。無論、無言の圧で黙らせたがな。
すまん、今更だがこの不甲斐ない兄を許してくれ!
…妹...元の世界の唯一の心残りである妹がふと心配になった。
元気に過ごしてるのかな...
兄のことなど忘れろ、と届きもしない思いを空に放った。
家から出て少ししたら商店街に着いた。
この場所は屋台みたいな店が立ち並び、どこもかしこも繁盛しているようであった。
なんとも異世界らしい光景だなぁと目をキラキラさせながら商店街を通り過ぎていった。
目的地が欲しいと思った俺は、取り敢えず空を見た時に見えたあの高い塔を目指すことにした。
さて、俺は今ワンピースを着ているわけだがロングなため普通に歩きづらい。
世の中の女性ってこんなに大変なものを着ているのだな。
段差を上がるときに邪魔だし、太ももあたりに風が吹き込んで少し寒い。
靴は厚底で身長を少し誤魔化せている。誤差ではあるが…
厚底のお陰で助かっているところもある。靴の技術が良いのか底の素材は柔らかく、昨日全力で走っていても足に負担はかからなかった。
高い塔は街の中心部にあったようで,住宅街から一転、大きな開けた道に出た。
ギルドにあった地図の通りに石造りの道と地続きになるように街の中心部の広場には大きな窪みがあり、窪みの下までは階段で行くことができるようで、階段を下ると階段に隣接してより大きい段差があり、恐らくそこは座席だろう。俺はそこに座った。
窪みの中心では自分に酔いしれていそうな兄ーちゃんの単独ライブが行われていたが、座席は閑散としていた。
…いや、正確にはおっちゃんたちの昼寝スポット…か。
最初から最後までポエム的な歌詞ばかり歌っていて聞いていたこっちまで恥ずかしくなってきたぞ…!
…うん。ちょっとここには長居できないな。帰ろう。まぁ彼には頑張って欲しいつもりだ。
どてっ
「あいたっ…」
…べ…別に階段登る時にスカートを盛大に踏んで転んでなんかない。
ないったらない!
あっ、てか「あっ」とか言って歌止めてるんじゃないよお兄さん!プロ意識持ってくれよ!
うげ、そのせいで昼寝してたおっちゃんたちがこっち見てくるじゃねぇか!
その場から逃走を図ろうとしたが、
またもやスカートに足を引っ掛けて転んだ。
…もう何も言わずに全力で早歩きをしながらツカツカとその場から逃げるように去った。
そのまま俯きながら体の動くがままに進んでいたところ、いきなり話しかけられた。
「…おい、こっから先は魔樹海だ。嬢ちゃんのようなやつが入っていい場所なんかじゃねーよ。帰んな」
「…あなた誰です」
いつになくテンションが低かったため、ドスの効いた声を発してしまう。
「別に誰だって良いだろ。俺は名乗るほどでもねぇしがねぇ傭兵よ。俺んことはどーでもいんだよ。ほら、帰んな」
魔樹海…!?
ギルドから1時間以上かかって、かつギルドと町の中心地はたいして離れていない。
それのさししめす事実は——
無意識に1時間以上歩いていた...!?
なんてことだ!俺にとってあれはそんなに恥ずかしいことだったのか?
よく思い出せないが、魔樹海に来たとなればもう一度探検でもしよう。
え?魔力切れのトラウマ?
ないない
「すみません」と一瞥し、その場から去った…ように見せかけて曲がり角の物陰でその冒険者が消えるまで隠れた。
魔物には効かなかったが人間には効くだろう。
冒険者のおっさんがいなくなるのを見届け、そしてそのまま魔樹海に足を踏み入れ、その先へと奥へと入っていったのだが、今回は入口が違ったからか全体的に暗い印象を受ける。
鬱蒼とした森はみるみる暗くなってゆき、足を踏み入れたことに少し後悔して引き下がろうかと迷ったが…
もはや選択肢は奥へと行く道一択しか俺の心の中にはなく森の魅力に引き込まれていった。
子供は探索が好きだと言うが、俺の人格はこの体に引っ張られているのだろうか。いや、今はそんなのどうでも良い、また後で考えても良い話だろう。
どれぐらい歩いただろうか、疲れが見えてきたため少しの休憩をとそこら辺のずっしりしていそうな木に腰をかけた。
「ん?なんだこれ」
なにか、透明感のある海にような深い青のような、またもや明るい青のような、表現が難しいけどつい魅入ってしまう石が転がっているのを見つけた。
試しに拾ってみると先端が鋭く、子供の手のひらサイズでポケットに入りそうだったので取り敢えずポケットに突っ込んでおいた。
グルルル…
歩みを再開してしばらくすると、凶暴な動物が出すような音が背後から聞こえてきた。
おそーるおそる背後を振り向くと…いた。
遠くにこちらを見ながら牙を立てている熊が。
全力で走った。
グアァァァ!!!
それに合わせるようにドッサドッサと大地を揺らすような音を立てながらこちらに向かって来ている。
ひぇ〜
また死ぬのか?俺
音は障害物をものともせずにみるみるうちに迫り、もう真近まで迫ったとき——
ピタッ…っとその走る音は止まった。
音が止まったため思わず振り向くと熊はまるで舌打ちをするかのような態度で未練がましく帰っていった。
???
顔に滴る汗を拭いつつなぜ帰ったか辺りを見渡すと、1つの方向にチラチラと明かりが見える。
もう帰りたい。もしかしたらこの森から出られるかもしれない。
熊の1匹によって好奇心より恐怖心が勝り全力で帰りたくなった俺は、疲れた体に鞭打って明かりの方向に向かった。
そしてその明かりへ抜け出し、開けた場所に出ると——
そこに待ち受けていたのは…!!!




