5話 分岐する運命
25時45分なので金曜です(?)
龍がいる。
そこに待ち構えていたのは町並みでも何でもなく———
龍がいる。リュウガイル。
…なんとか理解しようと何度も呟く。龍がいる。
あ、はい。そうきましたか。私に死ねと。
などと脳裏によぎる楽観的な考えとは別に無事、腰が抜けてしまった。
尻もちいついたと同時に目が合う。
やつは黄色く光る細い瞳孔をより細め、さっきいた熊よりも大きく——
グルルルッッ!!!!
と言う音が口から放たれた。
相手にとっては何の威嚇にもならない程度の呼気に過ぎないのだろう。しかし矮小な俺には特大な恐怖の塊となって鼓膜を、いや、全身を揺るがす。
あまりの恐怖心に腰と足が感覚を失い、なすすべなく地面に倒れこんだ。
あ…結構野原に寝転ぶの気持ちいかも。
「さあ、どうせ食べるのなら一思いにガブっとやってくれ!さあ!」
瞼をぎゅっと閉じてその恐怖から逃れようとする。
「…………あれ?まだか?」
不思議に思い、薄く瞼を開けて恐る恐る龍の方を見ると、さきほどの殺気溢れる表情から一転し、細かった瞳孔をまん丸に広めて何かこちらの動きを待っている——
そんな気がした。
そこで初めて気がついたのだがそいつは前腕に抉られたような傷を負っており、いまさっき喰らったのか分からないがドクドクと血を流している。
ピンと来た。
この恐怖によって血の気が引き弱くなった頭に天啓のようなものが降ってきたのだ。
この龍の傷を癒して見逃してもらおう!
異世界もので魔物の傷に人の血を落とすと回復するというのはもはや定番も定番。ド定番だ。
根拠はない。
…まぁまぁ、モノは試しモノは試し。治らなかったら俺が死ぬだけだ!
そう思い、さっそくポケットの中から石を取り出した。
いやぁ持っておいてよかったな。石。
ポケットからつい先程拾った石を取り出す。
龍の表情は一変してこちらに牙を見せたが、気にせずエイッと腕の表面をゴリっと削る———!?
「いっっっつぅぅぅぅ〜〜〜!!!!???」
何躊躇いなくやってんだよバカ!!!
…いやっバカは俺だったよ!
今度は右腕全体が鳴らす生命の警鐘を、それによって増加した血流によって復活した脳で抑え、傷のそばまで歩み寄り血を垂らすと———
避けられた。
不思議に思い顔を覗き込むと、見てわかるほどドン引きしており、その表情にアテレコをするなら、
「なんだこいつ。いかれているのか?」
だろうな。
龍はこんなにも表情が分かりやすいものなのだなぁ…
さぁてと腕を近づけてっと……
「ちょっ!いやいや、待って避けないで!あっ!やばい尋常じゃないぐらい血ぃ出てるって!」
物理的にも精神的にも血の気が引いたが、身振り手振りでなんとか気持ちが伝わったらしく、血を傷に当てることができた。
やはりジェスチャー。ジェスチャーは全てを解決する。
じゅわぁ——————
龍の傷はたちまち癒えてゆき完全に傷が塞がった。
「よっしゃ!」
嬉しさのあまり盛大なガッツポーズをした。
龍の顔には困惑と衝撃が塗りたくられており、俺が後退しようが気にするそぶりが無かったためそのまま逃げた。
しばらく経っても龍の気配は無く、本当に逃げきれたのだと安堵しつつ来た道を引き返したのだが魔物と遭遇することはなかった。
龍が威圧でもかけたのかな?ありがたいね。
…いやー…助かった。あの石万々歳だね。
俺はポケットに仕舞い込んだ青色の石をもう一度見ようとポケットを探るが…
あれっ、ない…
まぁ、いいか。さっき茂みにでも落としたのでしょう
…ん?腕の傷もない...!?
石によってパックリ割れていた筈の腕がいつの間にかつるつる肌に戻っていた。
確かに少し前までは痛んでいたのだが...
…そうだ!龍の血だ!
魔物には人の血は薬になり、龍の血は人々にとっての薬となる。
異世界という存在が確定した今、創作物は創作物となる。
他世界で多く一般的なものがこの世界でも一般であることにさほど違和感もない。
つまり俺と龍は得てして相互治療を行ったわけだ。
永久機関が完成しちまったなぁ
疑問が解消されすっきりした俺は浮足立って帰路についたのだが———
しかしそうだな...まだ帰るには早いか...?
木々の隙間から顔を覗かせる太陽は丁度真上に鎮座している
もう少し、もう少しだけと再び探索を再開することにした。
……嘘です。ごめんなさい。
興味からの探索ではありません。ただの迷子です。
来た道を戻るとはいっても来た道の見分けが着かな過ぎて無事迷子になりました!
やべぇよ...
迷子も転生してから2回目ともなると俺の計画性のなさがいよいよ問題になってくるわけで...
死が終焉を意味しないことからの慢心かはさておき、なるべく獣道には入らないように草木を掻き分けていった。
獣道で万が一魔物と遭遇したら洒落にならない。
死に慢心しているからと言って死が怖くないわけではない。
しばらく樹海を彷徨っていると、建物が現れた。
所々が崩れており、かつ石造りの1部屋ほどの小さなサイズではあったが、身を隠すのに壁があるのと無いのでは安心感が全く異なる。
少し休憩したかった俺は中に魔物なり獣なりがいないか確認しつつその建物の中に入り込んだ。
俺は入口が見えるように壁にへたり込んだ。
迷子になるんならあのおっさんの言うことでも聞いておけばよかったな...
安心感から俺は少しだけ目を閉じた。
ん...目を閉じるだけのつもりがすこし寝てしまったか?
目を開けると夕陽がかった空が映り、それも徐々に陰り始めていた。
しまった...っ!
慌てて建物から外に飛び出した。
仮眠どころか熟睡じゃないか!
不幸は連鎖する
飛び出した俺はハイエナのような集団とばっちり目が合った。
「なんでだよおおおぉぉおお!?」
目覚め切っていなかった脳はそこで悪手を選び、叫び声を上げるのに加え逃げ場のない建物の中に入ることを選択した。
再び建物に入りそこでやっと俺の脳は完全に覚醒した。
あれ、逃げられなくね?
「グゥアウルルル.....」
獣たちが建物を取り囲むようにジリジリと滲み寄ってきているのが分かる。やつらは確実に俺を仕留めるつもりだ。
くそっ、くそっっ!!
攻撃されるまでに思考する時間がある分より絶望が叩きつけられる。
生き残る余地はもはや...
現実逃避に顔を背けると、床に蓋があることに気が付いた。
気付かなかった...
恐る恐る蓋を開けると、先が見えないほど長い階段が続いていた。
後ろ...入口を振り返ると、獣にもうそこまで近づかれていた。もういつ入られてもおかしくない距離だ。
もはや迷っている時間などなかった。
一か八かだっ!!
子供の力ではかなり重い蓋を体が入るぎりぎりまで開け、隙間に飛び込んだ。
俺が入ると中は不自然に灯りが灯り始める。
天井に、壁に、至る所にある窪みから伺えるひし形の結晶から光が発される。
この光は、火をともした時の光とも、電球から発される光とも少し異なっているように感じた。
「ウガアァァァア!!」
ガガガッ!!バガッ!ガギギギ!!
蓋の方から獣の叫び声と扉を殴りつけるような音がしきりに聞こえる。
ミシ...ミシ...と聞こえ始める蓋からは、もう直に破られる気配を感じる。
決して安心できない状況に、俺は階段を駆け下りた。
随分長い階段を下り終えた先には狭い道の連なりがあり、いくつもの分岐路があれば、そのほとんどがいきどまりである。
俺は行き止まりにたどり着いては来た道を戻り別の道を選択する。を何度も繰り返していた。
どう考えてもここは迷路だな。
俺が迷うということは獣も迷うということ。ずいぶん時間が経ったが未だ獣には追い付かれていない。
「ウルガアアァァァァッッ!!!」
獣の叫び声がこだまして俺の場所まで響く。
今はまだ追い付かれてはいないが地下の蓋は破られ、いずれは追い付かれるだろう。
証拠にだんだん獣の声が大きくなってきている。近づかれているのだ。
しかし右を見ても左を見ても石のブロックしか視界に映らない。
獣の声から来た道が分かるだけで、どっちに行ったか今はどこにいるのかはまるで分らない。
同じ景色ばかりで発狂しそうだ。
…だめだ。意識しだしたら途端に視界が揺れてきた。頭がおかしくなりそうだ。
よし、一旦叫ぼう。
「ウワアアァァァァァァッッ!!!!」
ふぅ、叫んだおかげか少しだけ落ち着いてきた。
立ち止まってはいけない。今すぐ逃げなければ。
叫び声と同時にへたり込んだ体をなんとか立ち上がらせ、逃走を再開した——かった。
俺の叫び声を聞いてか、ついに獣に見えるまで接近されてしまった。
「う、うわ...あ...」
死の予感に俺はみっともない声を上げながら獣からすこしでも離れるように、獣の方向に向いたまま手で地面を押して立ち上がれなかった体を後ろへ後ろへと引きずった。
手が傷つかろうが、服が破けようが構っている暇はない。
俺を視認してから、獣はじりじりとにじり寄ってくる。
みじめに後退する俺の背中に、壁が触れる。
行き止まりだ。
もうだめだ....!おしまいだ!
何もかも上手くいかない!
詰みの状況に苛立った俺は壁を叩いた。
ガコッ
叩いた壁の石レンガが不自然にへこみ、否、一つの石レンガが動き、奥に押し込まれると、行き止まりであったっはずの壁がガラガラと崩れ落ちた。
「なんだっ!!?」
崩れ落ちた壁を見ようと振り返ろうとする首を何かが掴んだ。
不幸は連鎖する
「がっ、ぁっ」
首につくものが掴んだのではなくまとわりついたと理解したのは一瞬おいて後のこと。
首が絞めつけられ息が出来なくなる。
抵抗しようと首にある何かを取ろうと指で触れ、掴み、力を入れるも微動だにしない。
締め付けられ、首の骨がゴリゴリと音を鳴らすたび、激痛が走る。
十分にしめつけたのか、首に纏わりつくなにかは崩れ落ちた先に続く道に俺を引っ張っていった。
「ガアアアァァァァッッ!!!」
俺という獲物が横取りされると思ったのか、獣が俺めがけてとびかかってきた。
しかしそれより早く、俺を引っ張る速度は上がり、獣とは距離ができる。
自転車ほどの速度で引っ張られ、首の痛みもさることながら背中も削られる激痛が連続する。
乱暴に引かれ激しく揺れる視界の中、何が俺を引っ張るのか正面を見ると。
先まで続く黒い一本の線であった。
その線は曲がり角で方向を変える...!?
やばいっ!!!
直角の曲がり角、前方は壁。
俺の体は自転車の速度で壁にたたきつけられた。
「——————、っ!!!」
ミシミシと全身の骨が軋む。
衝撃からくる叫び声も首を絞めつけられているせいで出すことは叶わない。
たたきつけられた反動で浮いた体を関係なしとばかりに黒い線はなおも引っ張り続ける。
まずい。本当にまずい...!
もう息がっっ!!
満身創痍の中、呼吸が限界に達した時、やっと黒い線が俺の首から消えた。
勢いそのままに吹き飛び転んだ俺は呼吸を開始する前にどばどばと血を口から吐きこぼした。
壁にたたきつけられた時の血がようやく喉から解放されたのだ。
しかし呼吸もただちにしないと死ぬ。
俺は血を吐きこぼしながら肺に血を入れる覚悟で合間に息を吸った。
「ゴボッ!がっ!ごふ.......!」
血という異物に肺は拒否反応を起こし咳をはこうとするも、そんな空気はないと無理やり押さえつける。
血を吐き呼吸が整ってき、ようやく状況を確認する余裕が出来始めたとき、部屋全体が激しく発行を始めた。
見ると、床に溜まる大量の俺の血が意思を持つかのように流れ、魔法陣の形になっていった。
何か異変を感じ、両手を見ると俺の体は光を放っており、部屋と共にどんどん光量が増していく。
やがて光量が限界に達した時、俺の意識は切断した。
この出来事が俺の運命を大きく変えたことをこの時の俺はまだ知らない。
タイトルは意味が分からなくても大丈夫です




