新生
そのころ地上では、庭に消防車が数台停車し、慌ただしく消火活動が続けられていた。肇は吟と蓮の遺体を冷凍保存したストレッチャータイプの冷凍保存装置の前にいた。温度計が上昇し始めていた。
「まずい。そろそろ電源につながないと温度が上がってしまう」
猪熊が答えた。
「通常の百ボルトでよければ、指揮車両からとれますが……」
肇は必死で血を拭いながら言った。
「たぶんこれは二百ボルトじゃないか……」
そのとき数台の大型トレーラーがやってきた。トレーラーが停車し、後ろのシャッターが開くと中には手術道具が一式そろっていた。数人の男たちが降りてきて、そのうちの一人が猪熊に話しかけた。
「お待たせしました、猪熊さん」
「おお、やっと来てくれたか。すぐにとりかかってくれ」
激しいめまいに耐えながら肇が尋ねた。
「なにを」
「心配しなくてもだいじょうぶです。プロジェクトDは内閣の管理下に置かれます。山形さんと木下さんの二人の技術者は政府の施設に移され保護されます。吟さんと蓮さんのご遺体も政府の施設に直ちに移送されます」
「それは……」
限界だった。肇は倒れた。
「御手洗さん、だいじょうぶですか?」
猪熊と山形の声が遠くでした。
※ ※ ※
肇が気がついたとき、ベッドに横たわっていた。それがやってきたトレーラーの中なのかどこかの病院なのかもわからなかった。猪熊が傍にいるのがわかった。
「気がつかれましたか? もうまもなくご家族も到着されます。その前に話しておいた方がいいことがあって、気づかれるのを待っていました。火災はなんとか治りました。地上部分はほとんど消失しましたが、地下一階や二階はほとんどだいじょうぶでした」
「じゃああんなに一生懸命兄と息子を助けようとしたのも無駄だったのでしょうか?」
そう肇がつぶやくと
「そんなことありません。地下は長時間停電状態だったため、とくに冷凍装置で異常が発生しているようです。御手洗さんが助けようとされたおふたりはこちらで別電源に接続して無事でした」
と猪熊は答えてくれた。
「中国と北朝鮮の工作員らしき人間を確保しましたが、すぐに釈放です。アメリカからの捜査官も確保しましたが、ホワイトハウスからの電話一つで釈放です」
そう猪熊は続け、肇は聞いた。
「父は? 正憲がいたはずですが……」
「B2にいらっしゃいました。ただなにか強い恐怖を感じることがあったらしく、なにも語ることができません。頭髪もなぜか真っ白になっていました。田所所長は逮捕され、現在取調べ中です」
「鈴木秘書は?」
「そう言えば鈴木秘書もあの場所にいたはずですね……所在不明ですね」
「兄と息子の遺体は……」
「ええ、政府の管理下に入りました。二人の研究者も、海外からの工作員の手から守るためにもその方がいいでしょう」
「どこにいるんですか?」
「その質問には答えられません。日本にも闇の組織があるんです」
「そうですか……」
少し黙ってから猪熊は言った。
「御手洗肇さんには、帝都グループの再建をお願いしたいですね」
「え? 私が、ですか?」
「総理からのたっての願いでもあります」
「総理の……」
「お父さんは、あの様子では精神状態が健全な状態に戻ることは期待できない。当面は綿貫専務がリーダーシップを発揮することと思いますが、事件が明るみになり、事態が落ち着けば、今回の一連の出来事の責任をとって辞任せざるを得ないでしょう。そうなったとき、帝都グループをまとめて行けるのは、正憲社長の血を継いだあなたぐらいしか後継者はいないでしょう」
肇は頭を振ってから答えた。
「しかし私はデュープです。なにより細胞崩壊が進んでしまっています。もうそれほど長く生きることはできないでしょう」
猪熊はもう一度少し黙ってから言った。
「そこでです。もう一度脳移植の手術を受けてみませんか?」
「え?」
「じつは地下にはお兄さんのデュープのほか、進行中のデュープも何体かあって、中には肇さんのデュープもありました。調べたところじゅうぶん成長促進が達成されていて、細胞も安定しているようです。細胞崩壊を起こさない、安定したデュープは人間として保護する方針です。そのうちの一体を対象にもう一度脳移植の手術を受けて次の人生を歩まれてはいかがですか? お兄さんの吟さんや息子さんの蓮さんの治療が行えるようになるのはずっと先の話です。それまで生きているためにも脳移植手術にもう一度挑戦すると言うのもありではないですか?」
「新しい次の人生……」
何年か前、母の木村典子が言った言葉を肇は思い出していた。




