停電
エレベーターの中には二台の冷凍保存装置と肇と山形が乗っていた。そのとき肇の目から血が流れ始めた。目の前が真っ赤になり、肇は見えにくくなった。激しいめまいがして、倒れそうにもなった。
山形がそんな肇を見て言った。
「だいじょうぶですか? やはり細胞崩壊が進んでいるんじゃ……」
「それでも二人を助けなきゃ……」
「助けるって言っても冷凍された遺体では……」
「遺体と言っても私にとって大切な人間であることには変わらないんです」
「わからないではないんですが……」
突然、エレベーターが停止し、照明が切れ、真っ暗になった。すぐに真っ赤な非常灯がついた。非常用のマイクのボタンを押し山形が叫んだ。
「なにがあったんですか、エレベーターが停止しました」
すぐに警備員が応答してくれた。
「別荘内で火災が発生し、回線がショートしたようです。非常用のバッテリから送電するよう切り替えます。ただ、そうするとセキュリティが働かなくなり……」
肇にも事態が飲み込めた。
「セキュリティが効かなくなる……B1に閉じ込めたはずの侵入者たちも解放されてしまう……」
やがてエレベーターが動き始め、室内照明も元に戻った。エレベーターは地上で止まり、ドアが開いた。廊下はまだ無事だったが、火が近づいてきていた。肇と山形はそれぞれ一台ずつ冷凍保存装置を必死に押した。肇の目から流れ出す血が増えてゆき、前が見えなくなってゆく。やがて真っ直ぐに進めなくなった。それでも廊下を抜け、なんとか別荘から脱出できた。庭にいた猪熊たちが肇たちに気づいてくれた。
※ ※ ※
地下二階にある研究室には、透明な円筒状のケースがあり、そのケースは透明な液体で満たされていた。その中には御手洗吟のデュープが眠るように浮かんでいた。正憲がそのケースに触れ、吟のデュープを見つめていた。
「吟……」
研究室のドアが開き、鈴木秘書が入ってきた。
「社長、こんなところにいたんですか? 早く避難しないと……」
「なにがあった?」
「田所が火を付けたようです。それに海外の捜査官だか工作員だか得体の知れない連中が入り込んでいます」
「セキュリティはどうなっている?」
「海外からの連中はプロのようで、帝都セキュリティ程度では歯が立ちません。逃げるしかありません」
「そうか……」
鈴木が御手洗吟のデュープを見て驚いた。
「これは……」
「吟のデュープだ。体はじゅうぶん成長していたが、脳移植ができなかったため、施設でそのまま保護していたが、肇に見つかったため、ラボに移したが、持て余して、結局はこの有様だ……顔を見ると吟そっくりだ。当たり前だな。クローンなんだから」
鈴木が言った。
「B2にまでは火は及ばないでしょう。ただ我々は酸欠か煙に巻かれてしまう可能性があります。避難しましょう」
「わかった」
「まず私が様子を見てきます。少しお待ちください」
鈴木がそう言うと正憲は答えた。
「頼んだぞ」
鈴木が研究室を出ていった。正憲はもう一度ケースに手を触れ、御手洗吟のデュープを見つめた。少し経ってから鈴木が戻ってきた。
「社長、だいじょうぶです。出ましょう」




