逃走
正憲が聞いてきた。
「なぜ?」
「末期癌を患ってしまい、生き延びるために……」
正憲は大きく息を吐いた。そして天井を見上げてから深いため息をついた。
「たしかにそういうことを考えたときもあった。しかしだめなんだ……吟と私はHLA型が一致しない……吟の骨髄移植のときもそうだった……大事な息子のためなのに、私は何もできない。同じように吟のデュープがいても私は何もできない……」
「もういい加減にしろ」
それまで黙っていた田所が怒鳴った。
「デュープはおれのものだ。おれが一から作ったんだ。正憲、社長だからってなんでも自分のものになるわけじゃないんだ」
「田所……」
突然の豹変ぶりに正憲は驚くだけだった。山形が反論した。
「デュープは、私のクローン技術と木下の成長促進技術、そして内田医師の脳移植技術が組み合わさって初めて可能なもの。所長は何もしていないじゃありませんか?」
「そんなわけはないだろう。そもそもプロジェクト全体を構想し、二人の技術者と一人の医師を招集し、予算を掻き集めたのはおれだ。今後、このプロジェクトをどう販売してゆくかもすでに構想している」
田所の言ったことに今度は正憲が驚いた。
「販売だと? 私の許可もなくそんなことは許さないぞ」
「もう遅い。すでに買い手がついている」
「なに!」
そのとき、警報がけたたましく鳴り響いた。ディスプレイに警備員が映った。
「侵入者です」
正憲が答えた。
「肇ならもう会っている」
「いえ、肇さんじゃありません」
警備員が答えたとき、別のディスプレイに数人の男たちと金髪の美女が映し出された。
「なにものだ?」
正憲のとまどった声に警備員が答えた。
「わかりません。格闘技に長けていることからなんらかのプロ組織じゃないかと……」
「ヤツらはいまどこに?」
「エレベーターに向かって、すでに地下一階には侵入したようです。地下二階はセキュリティが厳しいのでまだ侵入してはいないかと……」
正憲は命じた。
「エレベーターをロックしろ。地下一階には停止できないように。それと地上にはだれかいるか?」
「いまロックしました。地上の監視カメラにはだれも写っていません」
「警備室は安全か?」
警備員が不安げな声で答えた。
「はい。残念ながら私一人だけですが……」
「警察に連絡し、至急応援を求めろ。安全が確保されたら退避しろ。ほかの警備員の所在地がわかるのなら助けたいが……」
そのとき田所が部屋を抜け出した。
「田所、どこへ行く?」
田所は廊下を走って逃げた。肇と山形の二人が田所を追った。エレベーターまで行くと田所はパネルに指をあててからエレベーターの上階ボタンを激しく叩いた。ドアが開き、田所は乗り込んだ。肇が続いて入ろうとする寸前でドアが閉まった。肇がエレベーターの開くボタンを押すが、エレベーターは上昇し続けた。




