B2
趙敏たちはいらだっていた。海外のサーバー経由で届いたメールにあった帝都製薬生命ラボのプロジェクトDに関する情報は信憑性の高いものであることは確認がとれた。そして田所という所長が予想した以上に野心家で、巨額の資金を投資しプロジェクトDを継ぐプロジェクトをスタートするという条件のもと情報の提供を持ちかけたらあっさりと話がまとまった……はずだった。ところが途中から警戒が激しくなり、山形と木下という二人の研究者たちもほとんどつかまらなくなり、田所とも音信不通になってしまった。
趙が調べたかぎりでは、プロジェクトDに関する匿名のメールは中国だけでなく、北朝鮮とロシア、そしてアメリカにも届けられていた。アラブ諸国にも送られたようだ。それからすると田所がほかの国から誘いを受け、売る相手を変えるつもりになっているのかもしれない。本国には情報はすでに手に入れたと報告している手前、このままではすまされない。
ところがもっと厄介だったのは、生命ラボから多くのものが搬出されていることだった。最初は気づかなかったが、何台ものトラックがすべて河口湖に向かっていることがわかり、生命ラボから御手洗正憲が持っている河口湖の別荘地下へ移送されていることは間違いなかった。田所という糸口が断たれた以上、多少危険であっても別荘地下に侵入し、技術情報を強奪し、あるいは技術者を必要によっては拉致する必要があった。他国の諜報員がどう出るかにもよるが、趙自身はもう腹をくくっていた。
趙たちは別荘の裏口からの侵入を試みることにした。裏口は勝手口と呼んでも良さそうなほど簡易な扉で、カメラが設置されている以外には暗証番号を入力するドアロックがあるだけだった。カメラはスプレーで無効化し、ドアロックは専門家に開けさせることにした。
別荘の入り口側に日本の捜査機関らしきチームがいたが、裏口側にも二つほど得体の知れない人間が乗った車両があった。趙たちは警戒していたが時間の余裕はもうなかった。「よし、突入だ」と掛け声をチームにかけようとしたとき、裏口のある場所からドカンという激しい音がした。なにごとかとモニターを見ると一台の車が裏口に突っ込み、ドアごと吹き飛ばしていた。車の中から数人の男たちが駆け下りていた。北朝鮮チームだと趙はすぐにわかった。
まずい。やつらはいつもそうだ。無計画にことを起こし、そして我が国がその尻ぬぐいをするはめになる。しかしもう遅かった。自分たちも突入する以外なかった。自分たちのあとからもう一台車がやってきていたが、それがどこの国のものかは趙たちにはわからなかった。
※ ※ ※
肇と山形が細胞崩壊について話しているとき、ドアが開き、田所所長が入ってきた。
「こんなところでなにをしている?」
山形が聞いた。
「所長……木下はどこですか?」
「木下? 知らん、いっしょじゃなかったのか……注意しておくが、いま海外の工作員たちがプロジェクトDのスタッフを狙っている。下手すりゃあ拉致されるぞ」
「拉致? 木下は拉致されたんですか?」
「そりゃ知らん。拉致される危険性があると言っているだけだ。おや、あなたは……」
田所が肇を見て言った。
「御手洗肇です」
「ああ、そうだ、肇さんだ。なぜここに?」
「父にあわせてください」
肇が言うと田所はあっさり答えた。
「正憲社長ですか……いいでしょう。ついてきてください」
田所は山形と肇を連れてその部屋を出た。廊下を通り、肇が先に降りてきたエレベーターに乗り込んだ。田所はボタンの上にあったパネルに指をあててから「B2」と書かれたボタンを押した。それを見て肇はB2に行くときは指紋認証が必要なことがわかった。エレベーターが動き出し、地下二階で止まった。ドアが開き、廊下を通り、ある部屋の前で立ち止まると田所はドアをノックした。ドアの上にはカメラが設置されていた。少し間があってからドアが開き正憲が現れた。




