豪邸
鈴木が言ったとおり、内閣官房の猪熊はその数日後に肇に接触してきた。高木といっしょだったため、二人で猪熊が指示した車両に乗り込んだ。猪熊と向かい合う格好でデスクに座り、猪熊の質問に答えたが、鈴木が知っていることすべてを話したと言っていたことを思い出し、質問されたこと以外にも思いつくままに話した。高木は多くの場合、肇の話を補足するように話してくれた。タブレットを操作しながら猪熊が言った。
「おおむね調査済みでしたが、いくつか興味深いこともわかりました。とくにお兄さんの投身自殺に関する疑問点や肇さんの事故に関する疑問点は、これまで証言する方はいらっしゃらなかったですね」
「その点は高木さんが優秀だったからでしょう」
高木の名刺を前に置き、その名刺を見ながら猪熊が言った。
「週刊誌の記者さんがなぜ?」
猪熊がごく真っ当な疑問を口にすると、車内にいた一人の調査官が猪熊に耳打ちした。
「え、警視庁……捜査一課……」
猪熊が高木に向かって言った。
「やだな、もと刑事さんなんだ。それでも警察のような捜査権がない立場でよくここまで調べたものですね」
肇は同感した。
「私もそう思います」
「肇さんも自分の父親を追及するような形になってだいじょうぶなんですか?」
猪熊はそのことも不思議だった。
「……正直、わかりません……父の身勝手な行為で私の人生は振り回されてきたとも言えるし、助けられたとも言えます。プロジェクトDと二つの事件がどう関係しているのかわかりませんが、父は少なくても事件には関係していないでしょう。兄が死んだり、私が死ぬようなことがあったら、父にとってマイナスはあってもプラスはなにもありません。父と子の情からではなく、利益の面から父が事件に関係する意味はありません」
猪熊もその点には同意した。
「そうかもしれませんね」
猪熊が車内にいた二人の調査官に目で合図すると調査官たちがうなずいた。猪熊が言った。
「いや、長い間ありがとうございました」
肇と高木が立ち上がり、猪熊がドアを開け、外に出た。肇と高木が続いて外に出た。ちょうど昼食どきで、帝都HD本社ビル周辺も人どおりが多くなってきた。
「父にはまだ会っていないんですか?」
肇は猪熊に尋ねた。
「これからです。ご自宅に行ってみます。では」
猪熊が乗った指揮車両が走り去っていった。
「なにか急激に話が進んでいる感じですね」
高木の予感が当たっているように肇も思った。
「政府が出てくると話が早そうです。我々も急ぎましょう。鈴木秘書がただの別荘じゃないと言っていた河口湖の別荘に行ってみましょう」
「そうですね。御殿場の生命ラボは、作業員たちに言わせると形だけ続いているけど実態がなくなっていると言う話なので、その河口湖の別荘に実態は移動しているのかもしれません」
肇も高木もなにかが大きく動き出していることに気づいていた。
※ ※ ※
猪熊たちは肇たちと別れてから、御手洗正憲の自宅を訪問した。平日だったが、正憲は自宅におり、肇の言うように正憲の癌が進行していて静養の意味があったのかも知れなかった。
世田谷にあった正憲の自宅はいわゆる豪邸であった。帝都グループのトップであることを考えれば当然だったが、目の前にしてその威容に猪熊は息をのんだ。家政婦らしき女性に取り次いでもらい猪熊と二人の調査官はリビングに招かれた。少し遅れて正憲が和服姿で現れた。
「お待たせしてしまって申し訳ない」
猪熊は名刺を出しながら言った。
「こちらこそお忙しいところありがとうございます」
正憲が猪熊の名刺を見ながら言った。
「内閣官房? 総理の……」
「もちろん総理も関係しております。総理からはよろしくと言われております。ただ今回お邪魔したのは、帝都製薬のラボのことで……」
「ラボがどうかしましたか?」
「ええ、じつは各国の調査官と申しましょうか、工作員というか……」
正憲が顔をしかめながら言った。
「工作員? なんだか穏やかじゃないね」
「そうなんです。それで国としても動かないわけに行かなくなって……ラボではなにが研究されているんですか?」




