墓参
木村典子の墓は高円寺にあった。都心からは中央線を利用し、駅から歩いて十分ほどの寺に木村家の墓がある。曹洞宗の寺で、美人画で有名な江戸時代の浮世絵師の墓が木村家の墓の近くにあった。
鈴木は高円寺の駅近くの花屋で買った花束を手にして墓に向かって歩いていた。典子の墓の近くまで行ったとき、肇が墓に手を合わせていることに気がついた。鈴木が肇の近くまで行ったら、肇は鈴木に気がついた。
「鈴木さん……」
二人だけで会うのは久しぶりだった。
「もう何年経つんですか?」
「母が亡くなったとき、私は九歳だったので、二十一年ですね」
肇は鈴木が持っている花束を見た。
「やはり鈴木さんだったんですね? 花束」
「いつもは命日から少し立ってから来てたんですけど、今日はちょっとしたことがあって……あれから二十一年か……」
「いまでも覚えていますよ。母が亡くなった日のこと。鈴木さんが、『御手洗家に引き取られて、次の人生を歩め』って言ったこと」
「お母さんの言葉だね」
肇はうなずいた。
「あの言葉を頼りにこれまで生きてきたようなものです。次の人生は決して過酷なものではありませんでした。父は冷酷なところがありますが、兄は優しかったし、義母もけっして冷たくはなかった。近寄りがたいところがありましたが……」
鈴木は花立にすでに肇が供えた花があったので、持参した花束を二つに分け、それぞれ左右の花立に加える格好で挿しながら言った。
「あなたは愛人の子と言われて育ったんでしょうが、じつは愛人の子ではなかった」
「そのことは聞きました。母は正憲夫妻の代理母だったんだと」
「義理の母親にあたる芳子さんは、あなたを複雑な思いで見ていたのでしょう。遺伝子的には自分の子供なのに、木村典子が産んだ子供でもある。たんなる代理母ならそれなりに受け入れられたのでしょうが、芳子さんはあなたのお母さんと正憲社長との関係を疑っていた……だからあなたが産まれたあと、御手洗家が引き取るはずが、引き取って育てることができなくなった。それでそのままお母さんが育てることになった」
「そうだったんですね……」
鈴木はしばらく黙っていたが、意を決したように言った。
「そしてあなたのお父さんが典子を力ずくで手に入れ、代理母にならざるをえなくなったことを知った……」
「え!」
「そうなんです。そのことを知った芳子さんは精神的におかしくなってしまった……」
「そんなことが……芳子さんのあの顔は……」
肇は御手洗家に引き取られてから何度となく見ていた疲れ果てたような芳子の顔を思い出した。
「あなたのお父さんは、周囲にいるものをみんな不幸にしてしまいますね……そういえば、政府の内閣官房というセクションが活動しています。生命ラボについて調査しているようです。肇さんにも近いうちに接触があるでしょう」
「内閣官房ですか……総理の直轄ですね」
「私は今日知っていることをすべて話してきました」
鈴木が手を合わせ祈った。
「そうですか……まわりからは、鈴木さんに注意しろとよく言われました。しかし鈴木さんが私に危害を加えるとはどうしても思えなかった」
「正憲社長への立場上表立って加担することはしにくかったのですが、肇さんのことを忘れたことはありません。遺伝子的にどうであれ、典子の忘れ形見であることに変わりはありませんから……」
鈴木が母を「典子」と呼び捨てにしていたが、その背後にあったものを肇はもう気づいていた。
「生みの親より育ての親って言いますけど、母は生みの親であり、育ての親でもある。なのに遺伝子的にはゆかりはない……年を取るにつれ、父と似た顔になってゆき、義母だと思っていた芳子さんにも似てきた……それでも私にはやはり母は一人だけです。だとすると遺伝子的なつながりってなんなんでしょうね」
鈴木にもわからなかった。空は青く晴れ渡っていた。鈴木は両手を伸ばして背伸びをしてから言った。
「私はこれから河口湖にある別荘に行きます」
「河口湖……この間父が言っていた別荘ですね?」
鈴木は笑って答えた。
「ただの別荘じゃないんです。では」
鈴木は肇に会釈をしてからもう一度墓に向かって手を合わせ、まるでもう二度とここには来れないだろうと覚悟でもしたように去っていった。その後ろ姿を肇はいつまでも見つめていた。




