諜報
御手洗正憲は、帝都製薬の社長として帝都製薬本社ビルに向かうときもあれば、帝都HDの社長として帝都HDの本社ビルに向かうときもあった。いきおい秘書としての鈴木も帝都製薬本社ビルに行ったり、帝都HDの本社ビルに行ったりと忙しくなる。
その日の午前中は帝都HDの本社ビルで過ごし、午後から出かけるつもりだった。鈴木が本社ビル一階のロビーを出て、歩道を歩いているところを、一人の男が声をかけてきた。
「帝都グループの鈴木さんですね?」
四十代半ばと思われるその男は、ブリティッシュスタイルの背広を着ていた。鈴木は見たことのない顔の男に警戒しながら答えた。
「どちらさまですか?」
「こういうものです」
男が名刺を差し出した。名刺には「内閣官房 猪熊」とあった。
「内閣官房? 社長かだれかに御用でしょうか?」
内閣官房といえば、総理直轄の部署である。自分に用事があるとも思えない。
「いえ、正憲社長にもそのうちお会いしないといけないでしょうが、とりあえずは鈴木さん、あなたに話が……」
鈴木は聞いた。
「なんでしょう?」
「生命ラボで行われている研究を各国が狙っているのはご存知ですか?」
「各国?」
「そうですね、たとえば中国、そのほか北朝鮮、ロシア、そしてアメリカ、最近ではサウジアラビアなどアラブ諸国とか……」
「そんなに……」
「プロジェクトDに関して詳しく教えていただきましょうか」
猪熊は有無を言わさぬ口調だった。鈴木は黙って従うことにした。猪熊は鈴木を放送中継車のような、運転席以外は窓のない一台の特殊車両に誘った。荷台の上にはパラボラアンテナが設置してあった。
鈴木が中に入ってみると、壁にはいくつもの機器が固定され、モニターが何台も吊り下げられていて、一組の男女が機器を操作していた。真ん中には小さなテーブルがあり、鈴木はそこに座るよう猪熊にうながされた。そして猪熊はタブレットを取り出し、操作しながら鈴木に尋ねた。
「で、プロジェクトDってなんですか?」
※ ※ ※
鈴木には抵抗する気はなかった。とりあえず知っていることをそれなりに話した。猪熊は聞きながらタブレットをタップしたりスワイプしたりずっと操作していた。鈴木秘書の説明が一通り終わったとき猪熊はこう言った。
「なるほど……こちらで調べたことと相違はありませんね」
「え?」
鈴木は自分の説明したことをすでに相手が把握していたとは思っていなかった。
「私は厚生労働省からの出向です。彼は警察庁からの出向、彼女は警視庁からの出向です」
猪熊が車の中で機器を操作していた男女を指差すと、二人は振り返って会釈をした。
「私はともかく、彼らたちは調査することのエキスパートですから。プロジェクトDもおおよそ調べはついていました」
鈴木は長々と説明させられた自分がうとましくなった。
「なら私から話を聞かなくても……」
「まあまあ。鈴木さんがどれくらい信用できるかなぁと……私たちが異変に気がついたのは……」
猪熊がタブレットを操作するとディスプレイに中国人の男の顔写真が映し出された。
「彼は中国の諜報機関の人間で、趙敏」
もう一度猪熊がタブレットを操作すると別の男の顔写真が映し出された。
「これは北朝鮮からの侵入者で、ヒョンジュン」
また別のロシア人の男の顔写真が映し出された。
「これはロシア」
また別のアメリカ人の女の顔写真が映し出された。
「これはアメリカの諜報機関、CIAじゃないようですけど、シャーロット。なかなか美人でしょう」
ディスプレイには次から次へと顔写真が映し出された。




