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裏切

 帝都セキュリティの社長室は豪華だった。広さはそれほどでもないが、調度品が海外製のものばかりで、絵画や彫刻などが多数置かれていた。ただ、年代や作品の方向性がバラバラなせいか、統一感のない印象を人に与えた。

 それらをそろえたのは肇の叔父にあたる御手洗憲次で、急成長しているITシステム分野で流れに乗ったことが大きかった。ただ、憲次自体はITに関してはかなり疎く、外部から引き抜いてきた技術者たちの功績が大きかった。

 そのいささか趣味のよくない社長室には、いささか趣味のよくない応接セットが置いてあって、社長の御手洗憲次と取締役の山下哲夫が向かい合って座っていた。

「ロビーにいたのはだれなんだ?」

 憲次が先日ロビーで山下が立ち止まり、身を潜めたときのことを尋ねた。

「高木っていう元捜査一課のデカだ」

 山下の返事に憲次は思い当たることがあった。

「捜査一課……もしかしてお前が警視庁を辞めざるを得なかった裏金を内部告発したやつか?」

「そうだ。あいつのせいで、俺は辞めざるを得なくなったんだ」

「そんなやつがなぜうちに?」

「どうも長野を訪ねてやってきたらしい。肇も一緒だ」

 憲次は嫌な予感がした。

「長野か……長野は吟の幼馴染だ。余計なことをしなければいいが……吟の捜査は打ち切られたんだろう?」

「ああ、社長の政界工作が効果を発揮した」

「兄の正憲も政治家に働きかけて捜査を続行させたかったようだが、こっちは政界と警察OBの両方だったから効果があった」

 少し沈黙があってから山下が言った。

「遺書はあれでよかったのか?」

「やむを得んだろう。必ず転落するとはかぎらないから、胸ポケットに入れておくわけにはゆかない。かと言って屋上から遺書を落としたって、あんな軽いものどこへ飛んでゆくかわからない。ドローンで遺体の近くに落とすのが精一杯だろう。それでも遺書を入れた封筒に指紋を付けておかなかったのは失敗だ。あれがきっかけで何人かの刑事が不審に思い始めたようだ」

「申し訳ない。油断したのがいけなかった」

 憲次にはもう一つ気がかりなことがあった。

「油断といえば、帝都銀行のWi―fiに接続しただろう。あれもログとして残ってしまっている。あれはどうした?」

「翌日、修正しておいた。どうもメールで吟を誘い出したとき、つい自分のメールアドレスで受信したのが記録されていたようだった。しかし何回か送受信していたようなので、一つ一つ改竄していられなかったので、一括してメールアドレスを帝都物産のものに置換しておいた」

 憲次には正直なところそれでいいのか判断がつかなかった。

「まあいい。なんにしろ捜査は終了した。吟は自殺したんだ。ところであのときのドローンの映像はどうした?」

 山下は黙ったままだった。

「おい?」

 不安から憲次が呼びかけると山下はあっさりこう言った。

「悪いな、俺も自分の身を守らないといけないから」

 憲次には意味がわからなかった。

「なに? どういうことだ?」

「あのときの吟を映した映像は、あるところにしまってある。無事にいまの汚れ仕事を引退できて、海外に移住できたら渡そう」

「なにを! 警視庁をクビになって路頭に迷っていたのを助けたのはだれだ!」

「社長、あんただ。だが人の弱みにつけ込んで、殺人まがいのことをさせたのもあんただ。俺ができるせめてものことは、必ずしも死ぬとは限らない、未必の故意ってやつだ。吟のときも、やつが注意深い性格だったら、まだ薬が効いていたにせよ転落せずに済んだはず。肇のときだって、高速といえどもそんなに速度も出さず、走行車線を走っていれば路側帯に停車できたかもしれない。どっちも助かる可能性があった」

「未必の故意? そんなこたあ、どうでもいい。あのドローンの映像じゃだれが犯人かわからないだろう」

「吟の転落シーンだけならな。あのとき俺は社長に電話したはずだ。あのときの電話のシーンもあのときのドローンには記録されている。吟の転落シーンのあとに電話のシーンってわけだ。もちろん通話そのものも録音している。相手がだれで、会話の中身もどういう意味かだれでもわかるだろう」

 憲次はあのときのことを必死に思い出そうとした。たしかにあのとき山下と電話で話をしたが、なにを話したかなどもう覚えているわけもない。

「なにも今すぐどうするって話じゃあない。今は一蓮托生だが、将来、海外に移住するときまでの安全策だ。よろしく頼むよ、社長」

 何も思い出せないため、憲次はかえって不安が増すばかりだった。


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