山下
帝都物産は、帝都建設や帝都製薬と並んで帝都グループの中核的企業だ。九十年代にバブル崩壊とともに危機に瀕した非財閥系商社を買収し、綿貫耕一郎と栄一郎の二人を中心に再建し、現在では世界の地下資源の開発と発掘に力を注いでいる。
帝都物産の社長室は、本社ビルの最上階にあったが、社長の栄一郎はそこにはほとんどおらず、建物中程のフロアで、事業統括本部があるフロア内の一室にいることが多かった。
その部屋は小さく「社長室」と書かれたプレートがなければ、本部長あたりの部屋かと間違うほどせまかった。その部屋の応接セットも決して大きくはなかったが、栄一郎はいっこうに気にする風もなかった。
その応接セットで肇と高木が栄一郎を前にしていた。肇が切り出した。
「今日お伺いしたのは生命ラボとは別件なんです。帝都物産にメールアドレスが『t_yamashita』で始まる方がいらっしゃるかと思いますが、どなたでしょう?」
「『t_yamashita』……だれだろう?」
社員数も多い帝都物産では、メールアドレスだけでだれかを特定するのはいかにもむずかしかった。栄一郎は立ち上がると、自分のデスクに戻り、受話器をとった。
「あ、私だ。うちの社員で、メールアドレスが『t_yamashita』で始まるものがいるようなんだが、だれだろう? わかった。頼む」
栄一郎は受話器を置き、応接セットに戻った。
「いま調べさせている。その『t_yamashita』というのは生命ラボに関係しているんですか? うちの社員で生命ラボに関係しているはずはないんだが……」
肇と高木が顔を見合わせ、うなずきあった。
「生命ラボとは関係ないんですが……じつは兄が自殺した日に、帝都銀行のビル内にいたと思われるんです」
栄一郎は意外な展開に驚いた。
「吟さんの自殺の日?」
「はい。物産の社員の方が、夜遅くに帝都銀行本店ビル内にいることはかなり不自然に思えます」
肇の話に栄一郎はうなずかざるをえなかった。
「たしかに……なぜだ……」
執務室のドアが開き、栄一郎の秘書が入ってきた。
「社長、t_yamashitaは、山下達郎IT部長のメールアドレスです」
「ああ、山下か……ちょっと呼んでくれ」
栄一郎が答えると
「はい」
秘書はそう返事すると自分のスマホを取り出し、電話をかけた。
「あ、山下部長ですか? 秘書課のものですが、社長がお呼びです。社長室までいらしてください。はい。すぐに」
秘書がスマホを切り、栄一郎に向かって答えた。
「すぐに来るとのことです」
「すまない」
秘書は部屋を出て行った。
「山下は古くからの社員で、そう言えば名前は達郎だった。数年前からIT部を担当していて、当社のシステムは彼が構築している」
しばらくすると、ドアがノックされ、山下達郎が入ってきた。
「社長、お呼びでしょうか?」
「おお。忙しいところすまない。ここに座れ」
山下達郎は、栄一郎がすすめた隣の座に座り、肇を見て驚いた。
「あ、御手洗肇さんじゃありませんか? どうされたんですか?」




