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裏金

 肇が帝都セキュリティ本社を訪問するのは初めてだった。帝都セキュリティは、叔父の憲次が社長だったが、もともと警備会社として立ち上げ、買収を繰り返して規模を拡大してきていた。ちょうど長野が入社した頃から情報システムのセキュリティを手がけるようになり、いまでは警備部門より情報セキュリティ部門の売上の方が多くさえなってきている。

 帝都銀行の人間として資金面での支えをすることはあっても、情報システムのセキュリティが肇の管轄ではなかったことや、帝都セキュリティが何回か移転を繰り返していたこともあって、この本社ビルを訪問するのは初めてだった。本社ビルは、一階が広いロビーになっていて、受付があり、昔ながらの受付嬢が三人もいた。建物自体は少し古いせいか、ロビーには太い柱が何本もあった。

「帝都HDの御手洗肇です。長野技術部長をお願いします。今日の午後三時にお会いする約束になっています」

 急な話だったにもかかわらず長野は心良くあってくれた。

「承っております。あちらのエレベーターで上がって二十三階で降りて頂けますか? 長野がお待ちしているはずです」

 受付嬢が手のひらで指し示したエレベーターを見てから肇は礼を言った。

「ありがとうございます」

 肇と高木がそのエレベーターに乗ろうと歩いていると、ロビーの人ごみの中に高木の知っている顔の男がおり、高木が驚愕して立ち止まった。

「どうかしましたか? 高木さん」

 そう尋ねる肇に高木がためらいながら答えた。

「いえ……見間違いだと思うのですが、知っている顔が……」

「どなたです?」

 高木がその男のいたあたりを再び見てみるが、もうその男はいなかった。

「気のせいかもしれません」

 そう高木は答えたが、高木が言ったその男はロビーにあった柱の陰に隠れて高木を見ていた。肇と高木の二人はそれに気づかないままエレベーターに乗りこんだ。エレベーターのドアが閉まってから高木が話し始めた。

「私が元刑事だったことは話しましたね。刑事を辞めるきっかけは警視庁の裏金作りを告発したからです。警視庁では当時証拠品の横流しや業者からのキックバック、会社を設立しての水増し発注などあの手この手で裏金を作って、警視庁内部でのさまざまな出費に充てていたんです。告発したことで、何人かは懲戒処分にされました。中でもリーダー格だったのが山下という男ですが、さっきその山下にそっくりな男がいたように思うんです」

「告発した高木さんがなぜ辞めなければならないんですか?」

「警察組織というのは、矛盾しているんです……事件そのものも表面化はしませんでしたし……刑事という職業につく人間は猜疑心が強く陰湿なところがあるかもしれません。告発したあと、現場に一人置き去りにされたり。、取調室に閉じ込められたり、証拠が紛失したり、奇妙な出来事が相次ぎ、私はうつ状態に近くなり、退職せざるをえなくなりました」

 高木にとっては苦い記憶のようで、辞めるにいたるまでの経緯で深く傷ついたことは肇にも想像できた。エレベーターが二十三階に到着しドアが開いた。ドアの前で女性社員が二人を待っていた。


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