97作目 ホノカとイザナ
「ホノカ!!早くしないとお祈りの時間遅れるってば!!」
「うるさいってば、分かってるよ。これ吸ったら行くから」
「不良!煙草やめなってずっと言ってるでしょ!病気になるよ!」
「姉ちゃんに向かってその口の利き方はないんじゃない?」
「ならちゃんとして!私はお姉ちゃんのこと尊敬してるんだから神様の前で恥ずかしいことしないで」
季節は夏、あたしたちはいつも通り教会に向かう。徒歩5分もすれば行ける距離にあたしたちは住んでいる。もちろん共同の寮などではなく、立派な一軒家だ。17歳にしてこんな家を構えているのは世界で見てもあたしくらいだろう、故郷はここから離れた小さな村だった。両親もそこで暮らしているから定期的に仕送りをしている。
あたしがそんなに稼げてる理由は魔法士として冒険者になってることと、教会での回復魔法の派遣があったからだ。幸いなことに魔法の才能は学園のお墨付きだったし、Aクラスを首席で卒業した。おまけに回復魔法の才能もあった、両親は熱心なミストレア教徒だったしあたしももちろんそうだった。そのおかげで金はとにかく手に入った、まぁ回復魔法の制約のせいで未だに処女だが。
あたしの双子の妹、イザナには彼氏がいるというのにあたしにはそんな浮ついた話はひとつもない。いずれ結婚とかもしてみたいし、人並みの女の幸せとやらも気になってはいる。けれど仕事は山積みだし、回復魔法は限られた一部の人しか使えない。
「イザナ、彼氏とはどう?」
「うーん、えへへ。この前キスした」
「げぇ…調子乗りすぎ、だから回復魔法使えなかったんだよ。魔法の才能はあたしにも負けてないのにさ」
イザナとあたしは巷で噂になるほどには強かった。吟遊詩人が唄っていたあの戯曲のタイトルには少し鳥肌が立ったけどなんだかおとぎ話の英雄のスタートラインに立ったみたいで気分が良かった。
「あの〜、なんだっけ?騎士の彼氏?騎士は駄目だよ、嫁のことほったらかしにして帰ってこなくなるらしいよ」
「彼は違うもん!」
「どうだか」
イザナと歩き、教会に辿り着いた。頂上にある大きなベルが街に響いてあたしたちは中に入った。奥にはステンドグラスが光り輝いてミストレア様を模した像が大きく祀られている。近所の花屋で買ってきた白い花を供えて椅子に座り、祈りを捧げる。深い、深い祈りを。心の底から神を信じ、ただ敬う。そうすれば救いの力が与えられる、死んだ後も安寧に暮らす場所を与えられる。そうして長い祈りの時間が終わり、帰路に着いた。
「お姉ちゃん、この後どうするの?」
「ギルドに美味しい依頼がないか探してくるよ、イザナは?」
「うーん…」
イザナは手をモジモジと下にして体をくねらせた。頬が火照って、短い髪をくるくると指でいじった。あぁ…彼氏に会いに行くのか。
「彼氏に会いに行くんでしょ?」
「ち、違うよぉ!えと…その…い…医者になろうと思ってて…」
「医者ぁ??」
医者、という概念はかなり昔からあると聞いている。ただこのミストレア神聖国ではあまり聞かない職種だ。なぜなら回復魔法のノウハウはミストレア教が独占しているし、当然他の国に比べてお抱えの回復魔法士も多い。そんな国で、訳の分からない葉っぱをこねくり回したり服を縫うように人間の体に糸を通す職種が流行るはずがない。
「なんでまた?今からでも回復魔法士目指した方が手っ取り早くない?」
「い、今の彼氏と結婚したいし…いずれ子供も欲しい。でもお姉ちゃんみたいに人を助けたいから医者になりたいんだ」
「いいんじゃない?好きにしたらいいと思う」
「でも…その…この国で医者をやったらお姉ちゃんに迷惑がかかるかも…」
「イザナがきちんと人を治して、助けるならそれは誇らしいことだよ。大体あたしに文句つけるやつなんかいないんだから、もしそうなったら一緒にやっつけよう」
「うん!!」
そこであたしはイザナと別れてひとりで冒険者ギルドに向かった。しかし医者…か。職業として理解はできる、だが回復魔法と違って大したものは治せない。あたしはなんとか骨折くらいなら治せるようになったが医者にはまだ無理じゃないか?精々が添え木を当てて自然治癒を促したりするくらいだろう、だがイザナのその心意気は立派だった。
回復魔法士になるのは簡単じゃない、あたし自身はそう思っている。長い修行期間と戒律をきちんと守り、神を心の底から信じていないとならない。
冒険者ギルドの扉を開き、視線があたし一点に集中する。自惚れじゃない、ここからどうせ性懲りも無くパーティへの勧誘や飲みの誘いが始まる。
「おぉ来た来た、おいホノカ。今週末ちょいとおもしれぇ依頼があんだがどうだ?」
「おい待て、今週末は俺と飲む約束があったはずだ。そうだろう?えぇ?」
「"深紅の双星"様がお前なんかと飲むかよ!」
ほうら来た、冒険者のこういう騒がしいところは嫌いじゃないがそろそろ辟易してきたくらいだ。毎日毎日食傷気味に誘ってくる、あたしはイザナ以外と組む気はないし、ふたりで充分間に合っている。
「ごめんけど全部パス、いい依頼がないか探しに来ただけだし」
「ちぇー、あれ?イザナは?」
「彼氏んとこだろ、あーあ羨ましいぜ」
「お相手は騎士サマなんだろ?ケッ…」
悪態をつく冒険者たちの横を通り抜け、依頼を確認する。本来であればもっと掲示板に依頼の紙が貼られているはずなんだが少ないな…魔物がほとんど出ていないのか?
「受付嬢さん、依頼がこんなに少ないのはなんで?」
「あぁホノカさん、それがギルド側も分かっていなくてですね…この近辺で魔物があまり見かけられなくなったんですよ」
「そうか…ありがとう、また来るよ」
エリュアシアさんがなんかしたのだろうか、いやでもあの人がこの近辺で影響が残ることはしないし、そもそもこの国で魔法はあまり使えなかったはずだ。それにこの時期は教皇との会議でこの街にはいない。謎は深まるばかりだが魔物なんてものはそもそもいない方がいい。
まぁいいか、紅茶でも飲んで帰ろう。
…いや、イザナの彼氏というのも見てみたいし今頃は衛兵の詰所に食事を持っていってる頃だろう。少しからかいに行ってみてもいいかもしれない。




