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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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90作目 死して尚、遺るもの

ジャックと再び裏路地を歩く、相も変わらず生ゴミの腐敗臭が支配する空間は雲ひとつない穏やかな空とは打って変わってじめじめとしたものを漂わせていた。やがて腐りかけた木製の扉が地面に見えた。扉の近くの地面には大きなバツ印が彫られていた。気になってじっと見ているとジャックは説明を付け加える。


「この先にあるのは下水道でス、広く迷いやすく汚水が流れている。誤って子供が入らないようにこうして裏路地に入口を設けているんでス」


閉められていた錠前を外し、扉を開けるとより一層強い不快な匂いが鼻を刺激した。砂埃が巻い、空から刺す光はその先にある地下を照らさなかった。


「だから本来は鍵も厳重に管理されているんでス、そんなところをアジトにしているというならば敵は街そのものかもしれない」

「ニグラスはでかい貴族らしい、クラスメイトが言っていた」

「バアル家はまぁ、力はありまスよ。ただこの国の機構と噛み合ってない、純粋な武力だけしか持ちえないならそれは全て聖女の下位互換でしかない」


階段を1歩降りる度に匂いが増した、響く足音は反響してどこまで続いているのか空間を把握することに手間取っていた。やがて階段を下り切り、小さなランタンが照らす通路に出た。通路の傍には水路があり、濁った汚水が流れていた。ランタンの他にネズミの目が光り、どことなく不気味な雰囲気があった。


「下水道は広い、この街全体と深く繋がっていまスからね。ただそれでも、アジトに使えるような広い空間は限られていまス」


人が大きく集まるような施設の下にはそれ専用の大規模な仕組みが備わっているらしい。ジャックと共に暗闇の中を歩いた、人の気配は微塵もしない。どれほど歩いただろうか、もう入口から随分離れた。本当にこんなところにオイはいるのかと思い始めた頃、人の話声が聞こえた。


「バアルさん、本当に成功するんですか?」

「する、これを手に入れるためにどれほど苦労したと思っている。適応する人間は必ず見つかるはずだ」

「そうですか」


聞き覚えのない女の声と、ニグラスの声が響いた。ジャックは頭を少し掻きながら面倒くさそうな顔をした。俺の耳に口元を近づけ、静かにジャックは囁いた。


「オイさんとその周りは任せまス、戦闘になっても決して地形は破壊しないでください。あの女は、ワタシが相手しまス」

「分かった」


俺は左手に意識を向け、何発か弾丸を生成して戦闘の準備に入った。もう少しで声のする空間に出るというところで突如ジャックの体が吹き飛び、暗闇の向こう側に消えていく。慌てて振り返るとジャックは冷静に表情ひとつ変えず俺に先に行くよう促した。目の前の空間からは机を叩く音と、鎖の音、そしてなにか軽いものが砕ける音がした。俺は通路から顔を出し、ニグラスと相対する。

天井は高く、周りと比べやや明るいその空間には無数の骨と燃やした跡、ボロボロの机がいくつか並べてあった。そして部屋の最奥に、オイはいた。鎖に繋がれ、手首には何度も鎖を外そうとしたのか血の跡があった。不快な空間だ、反吐が出そうになった。


「お前、あのときのガキか」

「…その娘を返せ」

「無理、と言ったら?」

「殺す」


異能の出し惜しみはしない。"沈黙(サイレンス)"を即座に発動し、12発の凶弾をニグラス目掛けて放つ。確実に当たる挙動だった、俺の異能は火力と発動の速さが売りだ、異能が使えないならいざ知れず使えるならニグラスごときに負けるはずはないと思っていた。しかしニグラスに当たる直前なにかにぶつかって俺の弾丸は止まった、甲高い音が鳴り響き、威力が無くなった弾丸が地面に落ちた。その力には見覚えがあった、何もない空間のはずなのに不思議と攻撃を防御する大きな力に。


「聖女の…バリア…?」

「擬似、な。まだ開発段階だ」


ニグラスは刹那の瞬間に距離を詰め、大袈裟に腕を振るう。腕の先端から弾けるような蒼い、蒼い炎が吹き出る。後ろに飛び跳ね大きく距離を取ってその様子を観察する。

俺の頬に当たりそうな瞬間、それは確かな熱を帯びていた。つまり現実だ、ニグラスの右腕から吹き出るあの蒼い炎は。


「…()()()()()


そう、有り得なかった。ニグラスの属性は風のみ、わざわざ二色使い(ダブル)であることを隠すメリットは戦場ならいざ知れず学園生活では確実に無い。まして力を誇示することに固執しているように見えたニグラスが、武力が売りのバアル家が、そんなことを隠すわけがない。


「有り得ないなんてことは有り得ない、世の中には不思議なことが多くあるからなァ」


炎を消し、髪をかきあげて俺の方をニヤけた顔でじっと見つめる。そうして、今度は指をひとつひとつ立てながら口を開く。


「勇者の出現、魔法という言葉では片付けられない事象の数々、魔物の一斉進化、この数年だけであまりに多い不思議な事が起こった」


ニグラスは人差し指を側頭部に当て、ぐりぐりと押し当てて不敵に笑う。


「遺物、それは人間が扱うにはあまりに大きく分不相応な代物だ。だから俺は考えた、どうすればその圧倒的な力を御せるか」


現状ニグラスの出来ることは風属性の魔法をいくつかと、右腕から発せられた蒼炎、そしてバリアだ。蒼炎を遠距離で放ってこないことを見るに近距離特化だろうか。あくまでふたつの可能性を視野に入れたまま俺は素早く凶弾を放つ。

再び、甲高い音が鳴る。擬似、と彼は言っていた。本家のような完全無欠ではないのだろうか。現状耐久値に底は見えないが…


「まだ話してる途中だろ、人間が扱える異能は基本的にひとつ、複数の能力を使っているように見えてもそれはあくまでひとつから派生した形に過ぎない。で、俺はこの小さな脳みそで考えたわけだ」


鎖の音が小さく、されど確かに空間に響いた。揺れる金髪を靡かせながらふらふらと不明瞭に立ち上がる彼女は、真っ暗になった瞳孔で俺を見た。

そうして、聞き覚えのある音が鳴る。どれほどその音を求めたか、どれほど彼に、()()に会いたいと願ったか。だがそれは全て思いもしない形で現実になった。

鎖の音がバチバチと弾ける音によってかき消され、オイの周囲に閃光が迸った。


「ソレを、どこで手に入れた?」

「言うと思うか?」

「だよな」


異能というのは、ひとつとして同じものが存在しない。それはかつてあった個人の力の具現化であるからだ、そして遺物を取り込んだ人間が死んだ場合また新たな遺物として、現世に残る。


「ッハ…」


低く、呻くような笑い声が漏れた。俺は今怒っているというのに、感情とは裏腹に笑みがこぼれたことにさらに怒りが増した。

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