89作目 狼の鼻は効く
「随分とまぁ、我儘なんでスね」
「ジャックか」
我儘、まぁその通りだ。この手が届く範囲であれば誰も失いたくはない、それが幾度となく関わり密接な関係であればあるほど余計にその感情の比重は重たくなる。
「何か知っていることはないか?なんでもいいんだ、とにかく情報がほしい」
「高く付きまスよ?」
「構わん」
「フッ、冗談でス。といってもワタシが知ってることなんて極わずかでス」
ジャックが語り始めた内容はオイの消息不明地点とその近辺での騒ぎについての情報、直近の行方不明事件との関連性だった。
「あの酒場近辺での騒ぎは主にバルさんのものになってまスね、まぁ裏の話は裏の人間に聞くのが手っ取り早いでしょう。付いてきてください」
ジャックに誘われ、俺は裏路地の奥へと進む。ネズミが地面を駆け回り、生ゴミの腐敗臭が鼻を刺激した。そして腐りかけの木製の扉の前に立ち、リズム良く3回ノックした。扉の奥から男の低い声が響き、何度かやりとりを経た後に静かに扉が開いた。
「またあんたか…と今日は連れもいんのか?」
「安心してください、ワタシの後継者みたいなもんでス。なにかあればこちらでキチンと処理しまスんで」
「…まぁいい、入れ」
男に案内され、お世辞にも清潔とは言えない部屋に通される。その中では大きなコートを着た男が1人座っており、じっと俺たちを見つめた。
「なぁジャック、俺様はあんたに借りがある。知ってるよな?」
「もちろんでス」
「それは良かった、で?そのガキは?」
「親父、このガキは」
入口に立っていた男が説明しようとするとコートを着た男が勢いよく頭を掴み、テーブルに叩きつける。木片が飛び散り、血潮が待った。
「おめぇには聞いてねぇよ、で?ジャック、そこのガキは?」
「ワタシの後継者、という認識で構わないでス。今知見を広めてる最中でして」
「学園のガキがあんたの後継者ァ?」
鼻を抑え、声を押し殺す男を尻目にコートを着た男は俺をじっと値踏みするように見つめた。
「ハンッ、まぁいい。で?今日は何用だ?」
「昨日行方不明になった女性を探していまス、名前はオイ、金髪金眼で背丈がこれくらい」
ジャックは自分の首元を手でぷらぷらと示し、オイの特徴を知らせる。少し考える素振りを見せたあと、コートを着た男は口を開く。
「そいつの情報は知ってる」
「なら…!!」
オイの情報を知ってると聞き、俺は思わず口を開いて机に乗り出した。すると男は俺の頭を掴もうと腕を振った。ギリギリのところで左手で腕を掴むと男は表情を変えずに続ける。
「そう焦るな。知っている、という情報だけで借りは返したことにする。ここから先は追加料金だな」
男の飄々とした態度に腹が立ち、思わず手に力が籠った。骨の軋む音が鳴りながらも男は一切の表情を変えず、ただじっとジャックを見た。
「ふーむ、しょうがない。"円卓"についての情報をいくつか流しましょう」
「その程度で足りるとでも?」
「その程度?足元見すぎでスよ?アッシュヴォルフさん」
「いや、足りないね。そいつらの動向まで知らなきゃ意味が無い」
「…ならこの話はナシにしまス?ワタシとしてはオイという女については心底どうでもいいんでス。塵芥のひとりのおかげで王国最高戦力を知れるなら、安い買い物だと思いまスけどね」
両者が黙り、緊張が続いた。俺は是が非でもオイの情報が欲しい、目の前にあるのに届かないことにむず痒さを覚えた。刹那の沈黙を破ったのはアッシュヴォルフだった。
「さっきから痛てぇよガキ、まぁいい。オイとかいう女についてだな?」
俺は慌ててアッシュヴォルフから手を離し、情報を聞いた。彼の話によるとオイは一昨年くらいからこの街にいるらしく、体を売って日銭を稼いでいたみたいだった。転機が訪れたのは俺が現れた頃で今までと打って変わって人目を集めるようになった、行方不明事件はオイの注目度を下げるためのブラフで衛兵を疲弊させることが目的とアッシュヴォルフは考えているみたいだった。
そして犯人の正体、及びオイの居場所はあまり驚く内容でもなかった。
「犯行グループの首謀者はニグラス・バアル、学園の三年生で成績は上々。女性に対するコンプレックスを抱えている問題児だな、オイとやらの居場所だが連中、どうも地下が好きらしい」
「地下?」
アッシュヴォルフが地面を指さしてニヤリと笑う。
「俺様が今教えられるのはここまでだ、更に知りたいなら分かってるよな?」
「いや、ここまででいいでス。それでは」
「あぁ、借りは返したぜ」
俺は口を開くよりも先にジャックに手を引かれ、部屋を後にした。
「なぜ場所を正確に聞き出さない?」
「理由はふたつ、今ので場所が分かったから」
「ならもうひとつは?」
「うーん、ワタシが彼らに教えられる情報がもうないからでス。素寒貧でス、出涸らしでス」
「な…」
ジャックの口ぶりは確かにもっと色んなことを知っている様子だった。けれどただの一言もまだ教えられることがあるなんて言ってはいない。
「さぁいきましょう、この街はもうワタシの庭みたいなもんでスから」
「あ、あぁ」
「それとアドバイスですけど、無闇矢鱈にやってもほとんど欲しいものは手に入りません。足元見られて掬われて全部失うまで搾り取られるだけでス。必要なものは嘘と度胸、そこから生まれるほんのちょっとの疑心暗鬼で事足りまス」




