87作目 用法用量を守って
勇者と模擬戦を終えてから1週間が経過した。あれから実技の授業はあるも、個人の力を測り終えた後からは模擬戦は1回も行われていない。ひたすら魔法の反復練習を行い、特待生の魔法を間近で眺めた。
勇者は相も変わらず大規模な魔法を使っては周囲の視線を集め、周りの人間はそれを褒めるのを繰り返していた。俺が観察をした結果勇者は決まったルーティンなどはなくその時の気分によって1日を過ごしていた。学食で昼食を食べる日もあれば聖女の料理を食べる日もあるし、購買で手早く済ませる日もある。ただ決まって実技の授業では、火属性の魔法のみを使う。魔法の中で1番火力が高いのもあるがおそらく単純に勇者の好みではないかと推察している。派手で豪快、注目を浴びたい勇者からしたら格好の魔法だろう。三行目以上の魔法を使っているところは見ていない。現行の魔法しか使えないのかどうかは不明だ。
学園以前から変わった点といえば、リオネルとフェイと常に一緒に行動するようになった。クラス内は既に何個かグループができており驚いたことにリオネルはそのどれにも属さなかった。フェイ曰く、「ヴァンダール家を気安く派閥に誘える貴族はこのクラスにはいない」とのことだった。そしてそのリオネルが作ったグループに俺とフェイは属している。お互い根無し草だったのもあるし学園内を孤独に過ごすわけにもいかないので断る理由もなかった。リオネル自身も派閥作成に興味はなく、単純に魔法の腕をより高みに昇華させたいから学園に入学したタイプなため俺たちは日々切磋琢磨している。
オイについてだが、地頭がかなりいいのか既にある程度の知識は獲得している。俺の教え方はかなり悪いがそれでも日常生活を送る上で支障がないほどには読み書きができるようになった。放課後はオイと過ごすことにし、時間のほぼ全てを費やしている。カトレアと食事できないのは寂しいがカトレアはカトレアでやることがかなり多いらしく地下室に籠りっきりになっている。
今日も授業を終えたあと、いつも通りオイに会うために帰宅の準備を整えているとリオネルから話しかけられた。
「バルくんってこの後空いてる?」
「すまん、今日は予定が少しあってな」
「ん〜、そっか」
急ぎ足でいつもの宿に向かう。最早顔馴染みになりつつある受付に挨拶を済ませ、オイとともに適当な喫茶店に入る。酒場は飯は美味いが騒音が酷く勉強には向かない。喫茶店はその点で見ればかなり便利だ、飯は美味い少ないし高いがこの穏やかな静寂には金を払う価値がある。
「オイ、違う。文字の向きが逆だ」
「あっ!えへへ、この字苦手なんですよね」
「読むのは完璧だが文字は書けてこそだ、落ち着いてゆっくり進めよう」
「分かりました!」
オイは最初とは違いかなり落ち着いて俺と話すようになった。必要以上に謝罪することもなくなり、代わりに礼で返すようになった。その方がこちらとしても嬉しいし、いつまでも怯えた態度ではナメられてしまう。ナメられれば、搾取されてしまう。
武力がなければ知恵を以て、知恵もなければ不遜な態度で、というのは昔居たボレアスだかなんだかの英雄の言葉だ。優秀な魔法士であった彼は、まだ使える魔法が限られていた頃に魔法戦をブラフと心理戦で勝ち残っていたらしい。今ではその言葉は曲解され、武力も知恵も持ちえないものが横柄な態度を取ることもある。
その先もオイに簡単な算術などのおさらいをしたあと、喫茶店を後にする。この後はいつも通り酒場で飯を済ませて、宿に帰らせて俺は帰路に着くはずだった。日が落ちるのは依然として早いままだが、暖かくなってきた気温が妙に心を穏やかにさせた。
そのせいだろう、俺は気が抜けていた。安定した生活と何者にも脅かされることのない平穏な生活、待てば親友はいつか帰ってきて復讐も進みつつある、まさに安定そのものだ。
「少しトイレに行ってきます」
「着いていこうか?」
「な、何言ってるんですか!ひとりでいけますよ」
「はは、そうだな。待ってる」
オイはそう言って席を立ち上がり、俺はひとりで薄くなった葡萄酒を飲んでいた。そして時間は5分、10分と過ぎ去っていき、どれだけ待てどもオイが戻ってくることはなかった。少し、いや内心かなり焦りながらトイレに向かうとそこには長蛇の列が出来ていた。
「おせぇな、この店にはひとつしかトイレねぇのに」
「吐いてんじゃねぇか?明らかにガキだったろ」
「かもな」
なんて言う男を引き剥がしながらドアを何度も叩いた。
「オイ!オイ!!」
「おい兄ちゃん、俺たちが並んでるの見えねぇのか?」
「冒険者は見下してもいいっていう教えでもあんのか?学園の生徒様は流石だなぁおい」
おい、おい、と何度も俺を呼ぶ男たちを無視し何度も何度も扉を叩いた。どれだけ待っても返事は帰ってこず、俺は扉を蹴破った。木が軋み、大きな穴が開く音がした。酒場の喧騒は一瞬ピタリと止み、店員がこちらに走ってくる。
「ちょ、ちょっと!!お客さん!!!」
「オイ!オイ!どこだ!!!」
「落ち着いてください!衛兵呼びますよ!!」
扉に開いた穴の向こう側には誰もおらず、俺は店員に扉の修理代と飯代を投げ渡し、店を飛び出た。




