84作目 握手
「バルバトス…?そんな魔物聞いたことないけど」
「魔物じゃない、悪魔」
「悪魔?」
「そう、悪魔。かつて太古の時代に魔王と並んでた最悪の存在。でもその存在は秘匿されて今は本当にごく一部の人しか知らない」
「そんなに強かったの?」
「強いなんてものじゃない。フェイが覚えてる範囲でだけど特異な魔法をいくつも使う、未来予知にも似た高度な予測を持ち、初見の攻撃かつ不意打ちだとしても当たらない。人間よりも獣人を好み、一部の獣人の間では名前の無い神様として崇められてるってのがある」
アルベルトが模擬戦に割って入り、中断の旨をバルバトスと勇者に伝えた。勇者は一瞬苛立ったような顔を見せたあとすぐに伏せた。何も言わずフィールドから出て聖女の元に戻った。バルバトスは幾度となく喰らった魔法の痛みをものともしない態度でゆっくりとフィールドを後にした。
2人の模擬戦が終わったあとの空気は異様だった、誰の目から見てもあの戦況からの敗北はなかった。けれど勝利とも取れない微妙な終わり方はクラスメイトの関心を引き立てるには充分だった。リオネルとフェイの2人は帰ってきたバルバトスに声をかけるかどうか迷っていた。ただ2人が口を開くよりも先にバルバトスは拳を軽く頭上に突き上げ小さく口を開いた。
「勝ったぞ」
その瞬間ふたりはバルバトスの元に駆け寄って労いの言葉をかけた。
「すごいよ、バルくんは。あの勇者様に模擬戦とは言え互角に戦えたなんて」
「もっと誇ってもいい。今なら直談判したら特待に行けるかもしれない」
「流石にそれはないさ。それに上手く戦えたのはフィールドと模擬戦によるものが大きい、いざ実戦で平原などとなると万に一つも勝てない」
今はな、だが焦る必要はない。情報を集め、持ち帰って対策を練り、そして最後に勝てればいい。ちっぽけなプライドを出したりするのはここまでにしよう。
アルベルトが石を入念に見たあと何も問題がないことを確認したのか声を大きくあげて全員の注目を集めた。
「総合30戦のうち、29敗1引き分けだ。Aクラスのお前たちはなにが課題か掴めただろう。お前たちは特待に勝るとも劣らないと俺は思っている。そしていつか強くなって俺たち大人を楽させてくれ。特待のお前らも、自分の身に余る力に振り回されていることに気付けたか?Aクラスの奴らにはそりゃあ勝てるだろうよ、だがお前らが将来相手にするのは未知の魔物かもしれない、技術を磨け。以上、解散」
アルベルトがそう言い、クラスメイトたちはみな実技室を後にする。重苦しい扉が開くと隙間からオレンジ色の光が差し込んでいた。
午後の授業はあっという間だった、学びと達成感が心の中に満ちていた。僅かばかりの疲労と放課後の予定が頭の中を支配している時、後ろから声をかけられた。
「…バルくん、だっけ?」
その声の主は勇者だった。慌てて振り返り、なんとか平常心を保ち返事を返す。
「勇者…」
「ユウトでいいよ、ナイスガッツだった。久しぶりに楽しく戦えたよ」
差し伸べられた右腕に握手で返す。力強く俺の手を握りしめる感触に手袋越しとはいえ吐き気を覚えた。それになにより、言葉ではこう言ってるが勇者の内心は全く違うはずだ。
…まずいことになった、と思った。勇者から引き出した情報は多くあれど、目をつけられては元も子もない。
「フィールドのおかげだ、でなければ開始1秒で即死だった」
「そんなことはないさ、っとみんなが呼んでるから僕はこれで。また機会があったら戦おう」
「あぁ、機会があれば」
勇者は俺に背を向けて特待生のもとへ走っていった。手のひらに残る握手の感触がとても気持ち悪く何度も制服に擦り付けて拭った。
授業を終え、片付けをしているアルベルトを横目に実技室を後にすると扉の前ではリオネルとフェイが待っていた。
「わざわざ待っててくれなくてもいい」
「だってバルくん、教室まで戻ってこないかもしれないし」
「初日に遅刻する人は、ホームルームを抜け出すかもしれない」
「なんだそれ」
「ははっ、冗談冗談。それより勇者様とどんな話をしてたの?」
「いい試合だったってさ」
「それはすごいじゃないか」
「そうでもないさ」
勇者に褒められたというのは俺からしたら屈辱以外の何物でもない。まだ本気を出していないからこそ褒めれるのだ、もっともっと今より何倍も強くなって恨み言しか言えなくなった本当の勇者を殺すことに意味がある。
雑談をしながら廊下を3人で歩いているとフェイが口を開いた。
「そういえばバルが言ってた例の魔物だけど」
「思い出したのか?」
「…いや、ちゃんと調べて見つけたら報告する」
「そうか」
リオネルがなにやら驚いた顔をしていたが、フェイという人物と知り合いみたいだし調べ事を人のためにするのが珍しいとでも思っているのだろうか。
教室に戻ると既にセドリック含めた俺たち以外の全員が着席しており、既に帰る準備をみな終えてるようだった。
「リオネル、フェイ、バル、早く座れ」
一瞥だけ返し、俺たちは足早に席に着いた。
「さて、初日を終えたお前たちだが労いの言葉などひとつもない。明日も同じように遅刻欠席のないように、それと朝にも言ったが最近物騒だから寄り道せずに帰れ。リオネル、号令をかけて終われ」
「は、はい!」
リオネルが号令をかけ、終業のベルがちょうど鳴った。セドリックは早々に教室を後にし、みなが一様に俺の元に集まった。
「バルだっけか、平民のくせに凄いな」
「勇者様に勝つなんて凄いよ!良かったらこの後食事でもどうだい?」
などのような似た賛辞の言葉を俺にかける。リオネルに助けを求め、視線を巡らせていると静かに退出しようとしているのを見つけた。フェイも既に教室にいなく、孤立無援の中なんとかクラスメイトの誘いを断った。
この後はどうしても外せない用事があったからだ。今日は濃密な一日だったせいか疲労が少し溜まっているがそんなものは些細なものだ。オイは今頃何をしているだろうか。




