82作目 誰がために
この学園は、いち学園にしてはやや過剰とも言える設備を備えている。世界でも有数の名の知れた名門校であるのは分かる、事実魔法という分野においてこの学園の名が出てこないことはない。それほどまでに教師、設備はどれも一級品だ、その証拠に街に学園が付随しているのではなく学園に街が付随している。最初にこの学園がなにもないところに建造され、それを囲うように街ができた。
それにしても、特待エリアの自己認識を強く変える現象や今回の実技室に取り付けられている不思議な石は遺物のような力を持っていることに大きな違和感を覚える。シェンズ・バリロントとというあまりにも著名すぎる人物と学園長がエルフであるという点を鑑みてもやはり異常だ、なぜそこまで力を入れるのか不明なほど。おまけに国籍や身分を問わず実力主義、ミストレアという宗教国家に根付く学園の割にはなにを信仰しているかを問わない。肌の周りにじっとりと張り付くような違和感がどうにも拭えなかった。
ニグラスの戦闘が終わり、続いてフェイと勇者の番になる。相変わらず鼻につく飄々とした薄っぺらい態度で勇者は前に立った。何も構えずただ突っ立っているだけだ、アルベルトが手を振り下ろして開始の合図を知らせた。リオネルは距離を離したが、逆にフェイは距離を詰めた。制服のポケットに手を入れながら、勇者は魔法を発動して対応した。
その魔法を俺は1度見たことがある、かつて闇夜の森の中で、月明かりの下で相対したことがある。ただかつて敵が放ってきたソレとは明確に形状も数も勇者は違かった。より歪で刺々しく、荒々しくなった土ノ段 七行目 螺旋の槍が空間を切り裂きながらフェイに向かって飛来した。
1本目はフェイの腹を貫いた、赤黒い血が地面に数滴垂れた。2本目は左腕を穿った、骨にぶつかる鈍い音が鳴った、3本から7本目まではフェイに当たらなかった。距離が近ければ近いほど魔法は当たりやすいはずなのに、フェイはそれら全てを避けるか、対応するように素早く出した七行目 三又の槍で撃ち落とした。そして勇者の懐まであともう少しというところで上から降ってきた岩に押し潰されて呆気なく終わった。
アレンと戦い方が同じだ、あのときラーマに反撃したように六行目を勇者は仕込んでいた。最後まで表情を崩さず相手のペースではなく自分のペースで戦況を支配した。アルベルトが魔力を込めるのをやめ、フェイの元に駆け寄ると傷は全て塞がっており、出血も無くなっていた。勇者に二言ほど注意をしたあとフェイは何事もなく俺たちの方に戻ってきて依然変わらず無表情で座り込んだ。
「…やっぱり強いね、勇者様は」
「フェイも充分凄かったと思うけど」
「奇を衒っただけ、あのフィールドだから出来た無茶な作戦だった」
フェイは無表情で抑揚のない声で淡々とそう語った。あのフィールドでは攻撃が弱まる上に込めた魔力を解けば元に戻る、他の生徒の表情から分かる通り痛覚は依然としてある。それは他の戦闘を見れば明確にわかるものだ、それだというのにフェイはなお前進した。戦闘が得意そうなタイプでは無いと思っていたが、初対面の印象に引っ張られすぎただろうか。
「そうだとしても実行するなんて凄いよ」
「勇者様の方が魔法の精度も、使い方も上手かった」
「そりゃあそうだよ、だから勇者様なんだ。あの人はこの世界にいる誰よりも、間違いなく強い」
その通りだと思う、ただこの2人が勇者を賛美しているのを何となく不愉快に思った。情が芽生えたわけではない、友だと思ったわけでもない、他の生徒より二言三言多く会話しただけだ。ただなんとなく、不愉快だった。
「…勇者なんかより、2人の方が凄いと思うが」
俺がそうポツリと零すと2人は驚いたような様子で俺を見た、そして数瞬無言になったあと顔を見合せて少しだけ笑った。
「ははっ、なにそれ」
「バルってもしかしてそんなに頭良くないの?そうは見えないけど」
「…別にそういうわけじゃない、と思うが。ただなんとなく、そう思っただけだ」
「そんなことないよ、フェイはともかく僕は逆立ちしたって届きはしないよ。勇者様や…いやともかくそんなすごい人には敵うわけがない」
「フェイは事実しか言わない主義だけど勇者様にはどんな人だって戦闘においては敵わない」
なぜそこまで自らを下に見るのか、なぜそこまで見ず知らずの勇者を賛美できるのか心底理解が出来なかった。ある程度は分かる、俺も昔は勇者を救国の英雄だと思っていたし、吟遊詩人が時折口遊む勇者の歌には幼心に高揚した。ただそのかつて俺が抱いていた幻影に勝るとも劣らないほど、この2人は輝くものを持っていると思った。無論墓標の仲間たちには遠く及ばないがそれでも尚、だ。
「なんて言うんだろうな、勇者の強さには説得力がないんだ。信念に裏打ちされた強さがない、あんなもの力を持ったただの子供だ」
「…やめなよ、バルくん少し変だよ」
「変…だろうか」
「変だよ」
俺からすれば、勇者をそこまで持ち上げる理由が分からない。異世界から召喚された勇者が本当に人を救っているならばそれは大層立派だ、隣人を助けるのでさえままならないこの世界で遠く離れた人にも手を伸ばせるならばそれは間違いなく聖人だ。
ただ、救うどころか勇者は悪逆非道と滅びを紡いでいる。あんなもの、人の形をした魔物じゃないか。
「勇者様を否定する声は決して小さくない、ひと1人の身には余りに大きすぎる力を持っているから」
王国は勇者という巨大な力を持ったことで近隣諸国に圧力をかけるようになった、現状対等に渡り合えているのは聖女様を抱えているこの国と、海に囲まれて詳細が不明の極東の国のみだ。その他の国は、沈黙を貫いている。ただでさえ魔物の対処で手一杯のこのご時世で他国と、まして勇者と1戦交えるなどどこの国にもできはしなかった。
結果、世界は勇者を中心にして動くようになった。誰も彼もが勇者のご機嫌取りだ、彼が異世界から来たと言うならばとっとと元いた場所に帰ればいい。それをしないのはきっと元いた世界よりこの世界の方が心地いいからだ。
ズキズキと、頭が痛んだ。
俺に前世の記憶とやらがあれば神の恩寵とやらを受けていれば現実は変わっていたのかもしれない。
目蓋を閉じれば前世の記憶なんて曖昧なものより、もっとずっと綺麗な景色が広がっている。虫食いだらけの存在するかどうか分からない過去よりも、姉の笑顔の方がもっとずっと尊い。
そうだ、そうなんだよ。
この世界の人間の方が勇者なんて異世界の異物より尊いはずなんだ、それを平気で踏みにじりあまつさえ現人神のように振る舞いそれを煽てる周囲に俺は苛立っている。
俺はただ自分を蔑まないでほしい、なんの苦労もなく気付けば得ていた力ほど恐ろしいものはない。痛みも苦しみも、次に一歩踏み出す糧にするしかない。その両方を味わっていないアイツに、負けたくない。
「次、最後だな。ユウトとバルで授業は終わりだ」
異能の力は、使えない。というより使いたくない。
俺が得てきた力は異能に依るものだけではない、この肉体も信念も、遺物は関係ない。
あの呆けた面に一泡、吹かせてやりたい。




