79作目 魔物博士
アルベルトは手に持った紙を見ながらAクラスと特待の間を行き来する。特待は全ての人数を合わせても10人に満たない、Aクラスは30人なのでどうしても数が合わない。どうするのかと思えば、連戦するようだった。それは監視役の俺にとって願ってもいないことだ、全く系統の違う人間との戦闘をパターンごとに見れるのであればこれに越したことはない。無論俺が勇者と戦えるのであればいいが、そればっかりは運だ。願えばアルベルトは聞いてくれるかもしれないが今遅刻で目立っている以上、下手に立ち回れば返って動きにくくなってしまう。
ほぼ全ての組み分けが終わり、俺の前にアルベルトが立った、少しの間目線を交わした後俺含めて3人の小さなひと塊に加えさせた。リオネルと、もうひとりだ。名前は確か…フェイ、フェイだ。得意な魔法は水、行数は記憶にないが俺と同じか少し上くらいだろう。
「バルくん、君もここなんだ」
「リオネル、さっきぶりだな。先程は助かった、ありがとう、すまん」
「そんな大層なことした訳じゃないし別にいいよ、それよりここに来たのは運がいいね」
「というと?」
リオネルに聞き返すと小さな桃色の影が横切って俺たちの間に入ってくる。
「ここにいるのは勇者と戦う人、アルベルトに目をつけて貰えた優秀な生徒か、目をつけられた問題児かのどっちか」
勇者と戦う、願ってもいないことだった。俺が今、異能の力抜きでどこまで戦えるか、ひとつの指標になる。俺はアストラよりも目がいいから、見るだけで大抵何が起こってるのか理解できるが実際に肉体で知れるなら、それはとても大きな前進になる。
拳を握りしめ、少しだけ口角が自然と上がる。
「なら俺は明白だな」
「笑ってる場合じゃないよ、貴方は後者。しかもフェイたちは全員属性が違う、勇者に当てるならこれ以上ない選出」
「フェイはどっちなんだ?」
「前者、と言いたいところだけど恐らく後者」
「そうか」
フェイがなにをしたかなど知らないし知るつもりもない、けれどこの場にいる3人ではリオネルが頭ひとつ抜けている。そもそもがAクラス首席で二色使いなのだ、その中にいる俺と俺と大して変わらないであろうフェイではあまりに実力差が開きすぎている。
「初日から嫌な先生に当たっちゃったね」
「実技試験の主任にして生徒指導、勿論魔法の実力は折り紙付き。厳しく笑顔を見せないことから着いたあだ名は、"鬼のアルベルト"」
「鬼?オーガとかのことか?」
「オーガの更に上、生息分布が極東に偏っているからこっちではあまり見かけない。あまりに強すぎるから極東では神に等しい扱いを受けてる」
「フェイは魔物に詳しいんだよ」
「好きだから、勝手に覚えただけ」
魔物に詳しい、と聞いた時俺はひとつ気になっていたことを思い出した。かつて両親を殺した謎の魔物についてだ、空間ごと抉り取り、景色すら削る強大な魔物の正体をフェイなら知っているかもしれない。別に復讐がしたいわけではない、魔物は人と違って人間を殺して食らうのが習性だ。憎くないわけではない、けれど知ってすぐに殺すほどでもない。
「魔物に詳しいならフェイ、空間を削る魔物について知っていることはないか?」
「空間を削る…?例えば?」
「ソレが通った後は空間が丸々なくなっているような、そこにあるもの全てを消し去ってしまうような何かだ。俺の村にいた人たちはそれを削り取っているような、と表現していた」
「うーん…」
「知らないなら、それでもいい。別に火急の用というわけでもない」
「今ここら辺までは出てるんだけど、なかなか出てこない」
そう言いながらフェイは自分の手で喉を軽く絞めて言う。
「空間を削る、とはまた違うけどそういう不可思議極まりない物は魔物の上位種ってパターンだよね。バルくんの村はそんなに危険なところだったの?」
「至って平和だったさ、のどかで家畜と青草の匂いがそこかしこに広がっていた」
一夜で、硝煙と腐敗臭に変わってしまったが。
「平和、というのはただの昼休みだ。だからいつまでも続いて欲しいと思う気持ちとは反対に時計の針は進んでいく。そしてチャイムが鳴れば、一瞬で穏やかな喧騒は霧散する」
爆発音が、悲鳴が、怒号が今でも鼓膜で響いている。あのとき瞬きしなければ俺はあのまま穏やかに暮らせていたのではないかと思うほど、呆気なく日常は崩壊した。
「…少し話しすぎた、すまん」
勇者と戦えることで気分が高揚しているのか、俺はいらないことまで話しすぎてしまっていた。目の前にいるふたりは俺が予想以上に話し始めたことに驚いているようだった。
「過去に何かあったみたいだね」
「過去に何も起こらない人間の方が不自然、過去があるから今が作られてる」
「お前たち、随分楽しそうだが準備は出来ているんだよな?」
俺たちの雑談に割って入るようにアルベルトが顔を覗かせる。組み分けは全て終わり、俺たちを通り抜けて実技室の真ん中にアルベルトは立った。四方には怪しく光る石が突き刺さっていた。
「特待連中は知っていると思うが、俺の周りにある四つの石の中がフィールドだ。魔力を込めた後この中に立てば内側からの攻撃は絶対に外に通らなくなる。無論石を破壊すれば外に攻撃を通すことは可能だが、そんなことをすれば分かっていると思うが多額の賠償の後退学だ」
やや狭い石の中をアルベルトは歩きながら言う。
「これについての詳しい説明は省く、そういうものだと認識すればいい。時間がないからサクサク進めよう、最初はユウトとリオネルだ。両者中に入れ」
ユウト、とアルベルトが呼び捨てたせいか勇者の気が立ったような気配がした。あの夜に似た、冷たく怒り狂った、酷く独善的なプレッシャーだ。ただそれはあまりにも一瞬で、俺のように過去にも体験してなければ気のせいにも思えてしまうようなものだ。
リオネルは寒気のようなものを感じたのか不思議そうに腕を擦りながらフィールドの中に歩いていった。勇者は何も言わず、ただ歩を進めた。




