117作目 スバク商店
あの夢を見てから2週間が経った。聖戦魔道祭の準備は順調、黒い男については進展がなかった。アッシュヴォルフの言う組織、獣人の子らについても以前進展はなかった。
ただエルフの魔法、あの時見た誓約の魔法は効力が異常なほど高く、破れば死に至るらしいから危害が加えられる心配もないだろう。
残り数日の準備期間を俺たち接客の班はマナーや作法について学んでいた。幸いなことにウカノは商家の出身ということもありこちらは問題なく進んでいた。
「食材の調達は問題ナシ、調理器具は…あとコンロだけか」
「…なぁ、これ俺必要か?」
「必要に決まってるじゃん、君は出し物を決めた議長だ」
「なんだそれ」
俺はリオネルと街の方に機材の買い出しに出かけていた。火を取り扱う以上、審査に時間がかかり今日まで準備が出来ていなかったのだ。リオネルが仕切る調達、準備の班はメンバー総出で安く食材を仕入れることに使っているらしく、彼に誘われて暇になった俺が一緒に来ることになった。
「あ、ここ行こう」
「見るからにボロそうだが大丈夫か?」
「学園と縁のある商店はどれも高いし、冒険は必要だよ」
商店街の外れにあるややボロい商店の前でリオネルは止まった。看板にはやや風化した文字でスバク商店と書かれており、リオネルは億さず扉を開けた。
中はやや埃臭く、棚には大量の道具が置かれていた。ランプやコンロ、何に使うのか分からない怪しげな壺から大小長さの異なる縄など、それは多岐に渡った。
「ごめんくださーい、店員さんはいらっしゃいますか?」
リオネルは店の奥まで歩き、声をかけていった。程なくして奥から物音がして、女性の店員が出てくる。
「はいはい、いらっしゃいますよぉ…って学生さんか」
「そうです、聖戦魔道祭で使うコンロを探してるんですけどいいのあったりしますか?できるだけ安いとありがたいんですけど…」
「うーん…あ、ありますよ。ちょっと古いので火種を用意する必要がありますけど」
店員はそう言って店の奥から埃被ったコンロを取り出した。所々に蜘蛛の巣が貼ってあるが、問題なく使えるのだろうか。
「42年式のコンロです。昔のやつなんで最初にここのボタンを押してもらって、次にレバーを引くと点火します。マッチかなんかで火を付けて貰わないと火力出ないですけどね」
「いくらですか?」
「ずっと売れ残ってるし金貨2枚でいいよ」
予算はギリギリ、リオネルはかなり悩んでいるようだった。総予算である金貨20枚の十分の一、だがここを逃したらこれ以上安く買えるかは分からない。しかも古ぼけたコンロにそのお金を出すべきか。
顎に手を当てながらリオネルは考え続け、そして答えを出した。
「壊れていた場合の保証などはありますか?」
「基本的にうちはやってないんだよ、訳ありの品を取り扱ってるからね。新品じゃなくて中古がほとんどってのもある」
「なるほど…」
「けど…ま、学生さん相手にそんなことしても得なんかないから特別に保証書を出してもいい」
「ほんとですか!」
「うん、ホントホント。けど代わりと言っちゃなんだけど条件がある」
「聞きましょう」
「今後ともウチをご贔屓にってことならいいよ」
「僕、家ではあんま権力ないですよ」
「へーきへーき、Aクラスででかい買い物任されてる生徒に恩を売れるなら安いもんだよ」
ならありがたく、と言ってリオネルはコンロを購入した。サイズは大きく、今から運ぶことはできないため前日にクラスに運びに行くとのことでその場での話と会計を終え、俺たちは店を後にした。
「先生に許可もらってー、学務課に必要書類提出してー、やることが多いなぁ」
「俺が飲食店をやろうと言ったばかりにすまないな」
「そういうつもりで言ったんじゃないよ、ごめんね。この忙しさが僕は好きだから、楽しんでるよ」
「そうか」
「家じゃなんもさせてもらえなかったからねぇ〜」
リオネルは路傍に転がった石を蹴飛ばしながらそう呟いた。その横顔がいつものリオネルと違って見え、疑問が残った。
「家は嫌いか?」
「そんなことないよ、僕はヴァンダール家を誇りに思ってる。あの家に生まれたのはとてつもない幸運だ、問題は僕のほうさ」
「リオネルが?」
「…って、そんな事はどうでもいいんだ。バルくんさ、最近フェイとなんかあった?」
「別に何も」
大きな噴水に腰掛けながら、リオネルは俺を見上げた。
「あんなに仲良くしてたのにさ、最近全然話さなくなったよね」
「元から大して仲良くはないさ」
俺はルシエラの忠告を聞き入れ、フェイと関わるのをやめた。いや、黒い男の過去を漁るために彼女を利用することが心苦しくなったのだ。気になる、それだけの理由で彼女と関わり、それが結果的に何が悪い方向に繋がってしまうのではないかと怖くなった。
イカロスという人物と黒い男には因縁がある。深い繋がりも、過去も、なにもかもがある程度繋がっている。だが、けれどそれら全ては俺が直接聞けばいいだけの話だ。過去の人物のこと、家の事とはいえ遺物は遺物、ただのいち善良な市民である彼女を関わらせるべきではない。
「でもさ、フェイは戸惑ってたよ」
「そうか、なら謝っといてくれ」
「やだね、僕は伝聞係じゃないんだ。直接伝えなよ、対抗戦もあるんだしさ」
「機会があればそうする」
「そうしなよ、聖戦魔道祭が終わったらすぐに夏休みだ。終わってからじゃ気まずくてなんも話せなくなるよ」
夏休み、俺たちはエースのところへ戻るがオイはどうするのだろうか。復讐者である俺たちとこれ以上長く関わることは無いからそろそろきちんと独り立ちさせなければならないな。
読み書きはある程度できるし算術も基礎は教えた、遺物絡みの厄介事さえ解決できれば後顧の憂いは断てるだろう。
「そろそろ帰るよ。なにがあったかは知らないし聞かないけど、とにかくちゃんと話しなよ」
「そうするよ、気をつけてな」
リオネルと別れ、俺は帰路に着いた。もう少しで祭り本番だ、とにかくそっちに集中しよう。店でオイたちを出迎えて接客し、楽しませる。対抗戦で勇者の情報をもう一度深く手に入れる。
あとは長期休暇でエースと話をしよう、話題は尽きない。アラクネにも鍛え直してもらって、ラーマには謝ろう。カクエンの料理が食えるのも待ち遠しい。
バルバトスが帰り道を歩いているのをジャックは街の上から見下ろしていた。手に入れた情報を言うべきか言わないべきか、迷っていた。
餓殖孤忠、かつてニグラスと共謀してひとりの少女を兵器に変え、終いには自分の命すら使って実験をした組織について調べあげ、断片的ではあるがジャックは掴んだ。葛藤しているのは、それがバルバトスにどのように影響するか考えているからだ。
「なにをしてくるか分からない相手でス、警戒と準備をしておかないと…」
商人はひとり、考える。最悪はなにか、最善はなにか。来たる聖戦魔道祭に合わせて、敵がなにをしてるか。敵は誰か。
「ま、仮にも勇者と聖女。挙句エルフまでいるんだからワタシたちの出る幕じゃないでしょう」




