115作目 灰色
「…少し急ぐ」
「もっと速くてもいいけどな」
俺とルシエラは馬車を追いかけ、建物の屋根を走る。目的地は不明、だが馬車の主は急いでいるように見える。でなければわざわざ路地裏なんて狭いところは入らないし、馬車の大きさ的にかなりギリギリだ。
速度はかなり速い、大通りであれば人を轢いているほどの速さで馬車は路地裏を走っていた。
「意味が分からん、エルフの膝元だぞ」
「あのババアがそこまで人間に興味があるかよ」
「どういうことだ?」
俺がルシエラの言ったことに聞き返すと彼は嘲笑気味に答える。
「エルフからしたら人間はみんな下等生物、森じゃ常識だ」
「…お前は違うのか?」
「俺だってそうだぜ、お前ら人間はみんなゴミだ…お嬢以外はな」
「そうか」
馬車はやがて小さな場所で止まり、そしてそこには見覚えがあった。オイの行方を探るため、ジャックが尋ねていたアッシュヴォルフのアジト。なぜここに馬車が止まる?行者がひとり入っていき、もうひとりの剣を携えた男は積荷をじっと見ていた。
「…」
「なにぼーっとしてんだ、置いてくぞ」
「いや待て、なにか変だ」
「あぁ?」
あいつらがまともな人間かどうかは置いておいて、ジャックと話していた時との違い…違和感のようなものを抱く。あいつらの最初の印象は慎重、そして疑い深いということだ。それをこんなに分かりやすい形で獣人を載せた馬車を走らせるか?
まるでアッシュヴォルフに罪を着せたいような、第三者がいるような感覚だ。このままここで突撃することは簡単だ、だがその先はどうなる?
詰め込まれた獣人の数は膨大、その一人一人の面倒を見るなんて俺にはできない。責任が持てない、返すこともできない。
「…もう待てない、先に行くぞ」
「待て!」
ルシエラは屋根から飛び降り、馬車の行者に飛びかかる。男は咄嗟に剣を引き抜き、ルシエラの拳とぶつかる。ひとの肉体と鋼がぶつかったというのに金属音がなった。
ルシエラの拳をよく見てみると先程までとは違って爪が急成長したように尖っていた。
「…追手か?」
「あぁ?残念、正義の味方ですけどぉ???」
「ヒーロー気取りかよ、最悪だな」
追手…行者は追手と言っていた。追われるような組織から奪ったのか?なんのために?
「かっちん来ちゃったなァ!!今のォ!!」
「…バカが」
ルシエラが身を屈め、猫のようにしなりながら行者とぶつかり合う。剣と爪がぶつかり、光が爆ぜた。あまりに外から音がしたのか、はたまた話を済ませたのか中から人がゾロゾロと出てくる。どれも武器を持っている。
俺は屋根から飛び降り、ルシエラと対峙していた行者の後頭部を思いっきり蹴り飛ばす。壁に向かって吹き飛んでいく瞬間に右手に持っていた剣を奪い取る。
「借りるぞ」
「な…てめぇ、あのときの…」
剣を左手に持ち替え、重さを慣らす。少しだけ回しながら剣を振り、身体に剣の重さを実感させる。そうすれば、使い慣れていない剣であろうと少しの間だけは剣が応えてくれる。
「遅ぇぞ」
「少し疑問があった」
「晴れたかよ」
「否だ、だがこの人数差を見る訳にはいかない」
俺とルシエラが肩を並べて建物から出てきた男たちと武器を構え合う。緊張が流れた、俺は今異能が使えない。単純な剣技や魔法なら俺は並以下だ。ほんの少しのきっかけで、一気に戦闘が始まる。
しかしそれは、起こらずして終わった。
「騒がしいと思ったら、ジャックのガキじゃねぇか。何の用だ?」
「積荷を見た。アッシュヴォルフ、あんたはそういう人間だったか?」
男たちの奥から黒いファーコートを着た男…アッシュヴォルフが顔を出した。相変わらず飄々とした態度でじっと値踏みするような目で俺たちを見た。
「お前が俺様とその家族をどう思っているかは知らん、ただこれだけは言っておく。ヒーロー気取りはやめろ」
「獣人を攫ったのはなんのためだ?」
「…何も知らないガキが!親父がどんな思いで!」
近くにいた男がそう言った途端、アッシュヴォルフはぶん殴った。拳と肉がぶつかる衝撃音の後に、血まみれの拳を振り払った。
「お前が聞かれてもないのに答えるな。いいか、ジャックのガキ。俺たちは誘拐したんじゃない、取り戻したんだ」
「…は?」
「どういうわけか、衛兵が最近地下の調査に出張ってる。今しか無かった」
「お前らは取り戻したと言った、なにからだ?」
「とある組織だ、身体能力の高い獣人を使って怪しい実験をしている。詳しいことは話さない、話して欲しいなら相応の代価を払え」
「アッシュヴォルフと言ったか?なぜお前は上の立場でものを言ってるんだ?俺がその気になればお前らみたいなチンピラ吹き飛ばせる」
「やってみろ、そうしたらこのガキ共は野垂れ死ぬ。いいか、何も知らないで首を突っ込むな。知りたいことがあるなら代価を払うか、力づくで聞いてみろ」
アッシュヴォルフのその態度にルシエラはイラついた様子で首を鳴らした。しかし、アッシュヴォルフの言ってることは間違いではないしここで争うのも得策ではない。
背景に何があったのか、精査する必要がある。
「…また来る。いくぞルシエラ」
「あァ?指図すんな、ならあのガキ共はどうなる?」
「人として最低限の生活を与える。ここまでやってくれた駄賃だ、嘘じゃない」
アッシュヴォルフは俺の目をじっと見つめてそう答えた。
「信用できるか」
「ならどうする?」
「契約してもらう」
そう言うとルシエラは右腕を出し、手首が光り始める。その様子を見たアッシュヴォルフと周りの男たちは驚いたような声を出した。
「てめぇそりゃ…エルフの魔法か?」
「あぁ。梟と樹木の子、ルシエラが誓う。私が今後一切危害を加えない。汝はその代償に本当のことを話す」
「ちっ…灰色狼の頭領、アッシュヴォルフが誓おう」
そう言うと光が互いの首元にまとわりついた。
「さぁ、話してもらうぞ」
「人として最低限の生活を与える。具体的には衣食住と身体的自由の安定供給」
「契約を反故にした場合、梟がお前の喉を啄む。いいな?」
「あぁ」
そう言うと光は収まり、ルシエラは心底苛立ったように舌を鳴らした。「行くぞ」、と乱暴そうに俺にそう言い屋根の上まで飛び抜けた。
「なにを探ろうとしてるか知らねぇがやめとけ、引きずり込まれるぞ」
「知るか、俺を引きずり込めるものなんかこの世にない」
「恐ろしい墓を暴くようなことだぞ、やつらには触れるな」
「墓…墓か。なら心配するな、俺は墓そのものだ」
「はぁ?」
「邪魔したな、また来る」
「あ!おい!もう来んな!」
屋根の上に飛び上がるとルシエラは不機嫌そうに座り込んで遠くを眺めていた。俺が合流したのを確認すると胸ぐらを掴み、怒号を飛ばした。
「てめぇ、あいつとは知り合いだったのか?」
「昔知人を探す時にな」
「もうお前お嬢と関わるな、お前から裏の世界と死の気配がする」
「…それはできかねる。フェイしか知り得ない情報がこの世にはある」
「その利用してやろうっていう魂胆がずっっと鼻についたんだ。お嬢は…優しいからそれに気付けないだけだ」
「…」
「いいか、これ以上関わるな」
ルシエラはそう言って俺を突き放し、フェイの家の方向へと走っていた。
なにも、言い返せなかった。周囲の人間を己の欲望のために利用する。知識欲、それに呑まれて。黒い男について知りたい、それは引いては俺の力を底上げすることにも繋がる。
けれどそのために友人を、見ず知らずの他人を利用することなど俺には…




