113作目 清濁
フェイの話を聞いた事で俺の脳は少なくない衝撃と困惑を与えられ、またそれに伴って得た知識によってぐるぐると思考が渦巻いていた。
しかしそれは部分的にしか得ることの出来なかった断片的なものであり、それが黒い男を疑う理由にはならなかった。別にあいつが過去で何をしていてようと知ったことでは無いし、それに伴って俺に不利益が与えられたわけではない。
両親を殺したのは魔物ではなく、この遺物を手に入れた過去の誰かではあるが今はそんなものに構っている暇はない。両親も大切な家族ではある、だが両親との思い出、記憶が俺に定着するよりも前に殺されてしまっている。そこに僅かばかりの憤りを感じてはいるし、それによって姉さんと俺の生活に多少のヒビが入ったことは確かだ。
それに俺に黒い男の遺物が渡ってきたということは既に死んでいる、もしくは殺されているということだ。復讐する相手がいないなんてつまらない。
「…ただいま」
「おかえり、ねぇバル聞いてよ」
「あ!だめ!だめです!」
「?」
カトレアとオイはキッチンに並び、なにやら騒がしかった。不思議に思いながらもリビングを通り、部屋に戻って着替えを済ませる。ふと漆黒の刀が目に付いた、これも黒い。
俺の周り、そして黒い男にはどうも"黒"という色が多くあるように見える。世界や身の回りの人々はこんなにも鮮やかだというのに俺と彼の周りだけ、黒。
いや、勇者もそうか。なんにせよ、髪の色や持ち物、肌の色ごときに意味や意義を見出してしまうようではだめだな、そんなものは吟遊詩人にでも歌わせておけばいい。それか童話でも作って紙芝居でもさせるでもいいだろうな。
制服をクローゼットの中にしまい込み、緩い格好に着替える。朝からずっと締め付けられていたシャツとネクタイがなくなり、凝った肩がほぐれていくような開放感があった。
部屋から出て階段を下りていく最中にも2人の話し声が響いていた。とても楽しそうに料理していたが、そんなに面白いものなのだろうか。思えば俺は料理をしてこなかった、村にいる時は姉さんが作ってくれていたし、"墓標"に入ってからはカクエンが作ってくれていた。
「それで?オイがなんだって?」
俺が椅子に座りながらそう尋ねるとカトレアは先程とは違ってなにか隠しているように誤魔化した。
「あ〜…やっぱりなんでもなくてね」
「? 本当か?オイ、どうなんだ?」
「な、なんでもないですよ!ほんとに…なんでも…」
オイは目線を落として指をもじもじと弄っていた。彼女が手遊びの仕草は年相応に見えるし、恥ずかしがっているオイは可愛げがあった。つまるところいつまでも見ていられる、きっと何十年と見ても飽きないだろう。
「オイちゃんってさ、絶対モテるよね」
「え、そうですかね」
「うん、バルもそう思うよね?」
「さぁな、可愛いと思うが」
「お?」
「か、かかかわいくない…です…」
オイは持っていた大きなキャベツで顔を隠したが耳の先まで赤くなっているのが遠目からでもわかった。
そんな姿も愛くるしいと思っていた俺はカトレアに言われたことが急速に脳内に駆け巡った。
興味のない人から持たれる好意は不快…俺はまたやってしまった。慌てて彼女が顔を隠していたキャベツを剥がし、目を見て誠心誠意謝った。
「すまん」
「うぇっ…な、なんで謝るんですか…」
「いや、その、軽薄に可愛いとか言ってはいけないから…その、不快にさせてしまったと思って」
いつもより呂律の回らない舌で俺は必死に弁明をした。顔中真っ赤になっていたオイは戸惑いを隠せないまま、今度は手で顔を隠した。その様子を見ていたカトレアが隣で大きく笑い、俺が無理やり剥ぎ取ったキャベツを受け取りながら呆れながら口を開いた。
「いやそうは言ったけどさ、そうはならないでしょ」
「? なってるから謝ってるんだ。すまない、オイ。俺は不躾に思ったことをすぐに言ってしまう。直すべきなんだがつい口を滑らせてしまって…」
「あははっ、別に嫌じゃないですよぅ」
オイは笑いながらキッチンに向き直し、両手でパタパタと顔を仰いだ。相変わらず彼女は耳の先まで真っ赤になっており、俺は言ってしまったことの反省をした。
「バル、気をつけた方がいいとは言ったけど好意はなるべく隠さない方がいいよ」
「いやしかしだな、興味もない相手から向けられる好意は不快なんだろう?」
「そうだけど、オイちゃんがバルのこと嫌ってると思う?」
「それは…」
「全く…バルは女心というものが分かってないね。いい?相手が自分のことを嫌っていないと分かるなら…いや、そうでなくとも好意は隠すべきではないよ。それは基本的にボジティブな感情だから」
「そう…か…」
「人の心は難しく、決して外から答えは見えない。自分の中にあるものを見せて、相手と理解を深め合うのが男女の恋愛においては」
「いや待て、恋愛とかそういう話じゃないだろ」
「えっ?そうなの?」
「俺に恋愛とかそういうのは向いてない。そもそも分からないしな」
大切な人はいる、行為を抱いている人もいる。それはカトレアやアストラ、"墓標"の仲間たちであり、オイといった友人であり、姉さんのことでもある。けれど彼らと恋愛…つまるところ恋人のような関係になるというところを想像できなかった。
俺のような人間が、浅ましく蹲ることしかできない人間が他の人達と対等に愛し合うことなど出来はしない。俺は所詮その程度の人間だ、俺の心の中にいる黒い男なら分かってくれるだろうが。
「それもきっと、この先分かっていくさ」
「どうだろうな」
「…人間は恋のために生きている」
「なんだ?それ」
「そう信じたいよねって話、誰かを恨むとか殺すとか殺されるとか、そういうのは本来人間には向いてない。誰かを大切に思ったり、手を取り合ったり、そういうために感情はあると思った方が、まだ希望が持てそうじゃない?」
「…かもな」
いや…違うんだよカトレア。
人間の本質は清らかであるなんてものはありもしない空想だ。そういう素晴らしい人達ももちろんいる、けれどそれよりも遥かに大きく醜い感情には負けてしまうものなんだ。
勇者は是ではない、肯定されるべきものでは無い。
けど俺は勇者に壊されたあの日から人は醜いことを知っている。俺も、どうせそうだ。
だからせめて、俺だけが汚れているべきだ。仲間やオイを姉さんと同じ目に合わせないために、汚れた人間から守るのが俺にできるせめてもの行いだから。
そんな俺が誰かを好きになる権利はない、そうなってしまえばいつかきっと俺の汚れが伝播して感染してしまう。
俺は俺の復讐を果たし、そうなった後は大切な人々を影から守ろう。再び彼らが汚されてしまわないために。




