104作目 日常に戻る
「おはよう、バルくん」
「あぁリオネルか、おはよう」
「昨日はどうして休んだの?」
「色々あってな」
「ふーん」
登校中、たまたま出会ったリオネルに後ろから声をかけられる。なんとなくまだ頭がぼんやりして、頭上から主張を激しくした太陽のせいで顔が熱かった。昨日あった出来事はあまりに多く、密度が高い一日だった。
オイのこと、ニグラスのこと、カトレアのこと、そして黒い男のことも。起こった出来事はあまりに多く、そのほとんどに解答を得られていないこの状況はなんとももどかしく、水面を求めて水中でもがいているような苦しい感覚だった。
アストラはきっとどこかで生きていると結論を出した、そうやって諦めなければきっと会えると思っているからだ。
「そういえばそろそろ聖戦魔道祭だけど、僕たちのクラスはなにするんだろうね」
「聖戦魔道祭?」
「うん、毎年この時期に魔法学園でやる大きなお祭りだよ。学園長が夏に教皇に会いに行くからその前に盛大にお祭りをするんだってさ」
「そうか」
聖戦魔道祭の主なプログラムは3つ、各クラスで出し物を決めて教室に簡易的な店を開くこと、そして地下の最も大きな実技室を使ってクラスごとの対抗戦をすること、夜には教師陣が空に魔法を使って花を打ち上げるというものに分かれて一日全て使って大きな祭りをすることなのだそうだ。
「それぞれに意味があってね、これがまた面白いんだ」
「出し物は将来店と取引する際の練習、対抗戦は魔法の腕とクラス内の結束を高めるため、夜の花火は一緒に見た相手とエルフの年齢と同じくらい末永く付き合っていける、そんなに面白い?これ」
「ちぇ、僕が言いたかったのに」
「おはよう2人とも、バルは体調不良?」
「そんなところだ」
いつの間にか会話に割り込んでくるフェイも合わさり、そのまま3人で教室に入った。その後はクラスメイトも徐々に集まっていき、いつも通りリオネルの周りに輪を作っていた。
始業を告げるベルが鳴り、セドリックが心底憂鬱そうに教室の扉を開いた。
「おはよう諸君、今日はきちんと全員出席しているようだな」
そう言って教卓に立ち、俺の方を見た。なんとなく気まずくなって頭を軽く下げて会釈をする。小さく溜息をつきながらセドリックは続けた。
「わかっていると思うがこれから1ヶ月後には聖戦魔道祭が控えている。各クラス出し合う出し物や対抗戦など君たちには学業と両立してやらなくてはいけないことが増えていく。ただまぁ、そのくらい君たちにはできてもらわないと困る」
聖戦魔道祭と聞くとクラスの雰囲気が若干浮ついたものに変わった。いつもこのホームルームではセドリックの放つ威圧感というか、教師の圧というかそういうもので押さえつけられた圧迫した空気が今はどこか緩く、ふわふわとしたものに変わっている。
「そこで今日の午前の時間を使い、出し物と対抗戦のメンバーを決めてもらう。リオネル、前へ」
「はい」
「司会進行は君がやりたまえ、記入の書記は〜」
「フェイとバルに頼みます」
「そうか、では始めよう」
リオネルに呼ばれ、俺とフェイは教室の前に立たされる。視線が俺たちに集中し、僅かに高くなった教卓に立つと背筋がむず痒くなるような感覚がした。
俺はチョークを持たされ、フェイはノートを開いた。リオネルはそのまま、慣れているかのようにあまりにスムーズに司会進行を務めた。
「このクラスではなんの出し物をしたいか、意見がある方は発表してください。もちろん全員参加ですので、サボらないように」
そう言ったものの中々最初のひとりが手を挙げなかった。その空気を見兼ねたのかリオネルは自分の意見を口に出し、俺に黒板に記入するよう伝えた。
「僕はこの学園の歴史をまとめ、博物館のような出し物をしたいと思っています」
博物館、と黒板に記入しフェイもノートに書いた。続いてフェイも同じような意見を出した。
「魔物の生態系や特徴を纏めた魔物特化の博物館をしたい」
博物館(魔物)と黒板に記入し、俺は振り返った。すると教室の視線が俺に一点集中し、次は俺の意見を求められているのだと分かった。
ふたりの意見は素晴らしいものだと思うが、クラスメイトが望んでいるものとはズレが生じているだろうと空気感でわかった。
「店をやるなら飲食店がいい…と…思う。喫茶店のようなものなら材料も安く高く売れるだろ」
俺がそう言うとクラスメイトの顔が僅かに輝いた。そういうのを求めてたんだとでも言わんばかりに、続々とそこから意見が増えた。
「俺、氷菓子やりたい」
「クレープ?っていうのが聖都の方で流行ってるみたいなの!やってみたいわ!」
「ノンアルコールのカクテルとか作って売れば安く手軽にできるんじゃない?」
様々な意見が飛び交い、その都度俺とフェイで記入をしていく。意見は実に様々で似通っているものを除けば実に20個近くの意見が出た。黒板にも字を書くのも初めてだったためか最後の方は文字がかなり小さくなって不格好だった。
ちなみにほぼ全てが飲食店でリオネルとフェイの意見はあっという間にかき消された。
「飲食店がかなり多いですね、ではその方向で行くとしてなにをしますか?」
リオネルがそう言うと、再び多くの意見が飛び交った。最初の方の静かな空気とは打って変わって教室は騒がしくなっていった。
「飲食店と最初に言ったのはバルくんなんだしなんか追加で意見とかない?」
煮詰まってきた頃、だれかがそう呟いた。なぜかその瞬間先程まで騒がしかったのに水を打ったように静かになり、再び俺に視線が集まる。
「ん?あ〜…この学園には貴族が多いんだし、そういう人向けの喫茶店とかどうだ?ほら、メイド?とか執事?とかよく分からないけどそういう格好をして接客すればウケは良さそうな気がするが」
今思えば適当に言っただけだ、貴族のことなんかよく分からないし、そういう人たちからしたら特別感などなにもないだろう。けれど、なぜかその意見がクラスメイトの心を掴んでしまった。
「そういえば学園に通うために引っ越してきた人がほとんどだから家に給仕がいるなんてほとんどないし…アリかも…」
「メイド服って結構可愛いのよね、着てみたいと思ってたけれど家では禁止されてたしいい機会かも」
「じゃあ喫茶店で決まりにします、店員はメイドや執事の格好をして、丁寧な接客を心がけましょう」
「もちろんその分金は高く取ろうぜ、貴族が給仕の真似なんて酔狂なことするんだ。そのくらいいいだろ?」
「いいんじゃないでしょうか?できるだけ利益を上げて小遣いを増やしましょう」
そうして俺たちのクラスはメイド喫茶をすることになった。クラス対抗戦は、すぐに決まった。リオネルとフェイ、そして俺の3人になった。
俺も、それに対して反抗はしなかった。また勇者と戦える、それも大きな舞台で。聖戦魔道祭は街の人も自由に参加できる、オイに色んなものを食べさせてやりたいし、カトレアにもこういう場で楽しんで欲しい。
まぁ…ふたりがいいと言えばの話だが。




