105作目 定期報告
「カトレア、聖戦魔道祭とやらが来月にあるぞ」
「うん、もうそんな時期か。バルのクラスはなにをするの?」
「喫茶店だ」
家に帰るとカトレアとオイがなにやら料理をしている最中で香ばしい匂いが家の中を充満していた。
「バルさんが喫茶店…」
「そうだ、美味いものを作るから2人とも是非来てくれ」
「ほわぁ…楽しみです…」
「行けたら行くよ、まだ忙しいからね」
「そうか…」
俺はカバンをソファに置き、ネクタイを緩めて椅子に座った。息苦しさがなくなり、開放感が喉を通り抜けた。オイとカトレアは俺がいない間にすっかり仲良くなったのか、微笑み合いながら楽しそうに料理をしていた。
「学園長がいなくなったら少しだけ街は賑やかになるよ」
「そうなのか?」
「うん、まぁ底なしの強者がいなくなることで気持ちが楽になるんだろう。それに聖戦魔道祭がある日は街も便乗してお祭り騒ぎするからね」
「あぁ〜…だから毎年この位の時期は人が増えるんですね」
オイは随分と前からここにいるみたいだし、俺よりかは詳しいだろう。カトレアも昔ここに住んでいたからなにか穴場や美味い出店など知っているかもしれない。なにはともあれ、村で小さな収穫祭はすることがあれど、街をあげての祭りなど生まれて初めてだから少しだけ楽しみだった。
料理ができあがったのか、湯気の立った皿をいくつも机の上に並べ、俺たちは食事を始めた。
「あ、あの!私は本当にここにいていいんでしょうか?」
「ん?何も気することはない、そうだよな?」
「うん、オイちゃんの体も心配だしもうしばらくはうちにいていい」
料理を口に運びながら、俺はオイにそう伝える。遺物が宿ってしまった以上、誰に狙われるかはわかったものでは無い。国の人間に見つかれば戦うことを強制されることもあるかもしれない。
異能の制御ができてないように思えるし、なによりオイを放り出すなんて考えには少しも至らなかった。
「うぅ…ありがとうございます…」
オイは頭を下げて、震える声でそう言った。彼女はまだ知らないことが山ほどある、それは人として当たり前の幸福であったり、知識であったり、力の使い方であったりと様々だがそれらは知らなくてはならないことだ。俺にできることであればなるべく協力してやりたいし力になりたい。
「バル、右手はどうしたの?」
「あぁこれか、気にする事はない。特に不調をきたすものでもないし、怪我でできたわけでもない」
「…そう?あとで一応見せてくれる?」
「もちろんだ」
今気がかりなのは夢の中で黒い男が言っていたことだ。"沈黙"とはまた別の"畏怖"という異能についてだ、使い方やその効果についてはまだ分からない。ただなんとなく、内側に渦巻く力の塊みたいなものが増えた感覚はある。
学園が休みのときにきちんと確かめなくてはならないが今は時間が少ない。昼間は学園に行って授業を受けなくてはならないし、夜に街の外に出るのも2人のことが心配だ。
食事を終え、カトレアに腕を診てもらっている最中扉が開いた。もはや慣れたジャックの不自然な程の気配の薄さと唐突に現れては唐突に消えていくその悠悠自適さに若干面倒さを感じてきた頃合だった。
「お疲れ様ッスみなさん、遺物とそれ周りについて分かったことが何点かと、王国についての動きを報告しにきました」
遺物について分かったことは複数の遺物がひとりの肉体に入っていたことで混ざり合い、より強力になっているということだった。バアルゼブルの遺物は他のものを吸収して大きなひとつになっているとのことだった。
「つまり適性のある人間が遺物を使うと、複数の異能を掛け持ったハイブリッドな化け物になっちまうってことッスね」
そう言いながらジャックは気軽にそう言ったが俺はなんだか嫌な感覚がした。服が肌に張り付くような不快感にも似たなにかだ。バアルゼブルは現れたその時ニグラスの体を完全に乗っ取って出てきた。
もし今度もまたそうなるのであればバアルゼブルは不死身になり、かつ何度でも蘇るということだ。
「今それはどこに?」
「絶対にバレない場所に厳重に保管していまス、もし盗まれるようなことが万に一つでもあれば責任をもって対処しまスよ」
「そうか」
他の複数あった遺物についてだが、その見た目から察するにバアルゼブルに吸収されず弾かれたものであるそうだ。遺物同士にも相性があるようで、悪いものが弾かれ単一のものとして出てきているらしい。
「なぜこんなにも沢山の遺物があるのかは想像できないでス、未だかつてこんなに一度に出てきたことはないでスから」
「エースですらそんなに持っていなかった気がするね」
「まぁ彼の場合はまた少し違う理由もあるんでスが、なにはともあれ2人とも気をつけてください。遺物に執着している組織が別にあると考えた方がいい。もちろんオイちゃんに対しても、です」
「どういう意味だ?」
「あの場でなにをされたのか明確に分かっていない以上、気をつけた方がいいということでス。オイちゃんを信用していない訳じゃないでスが疑った方がいい」
「彼女は被害者だ、訳も分からないまま誘拐され遺物を強制的に埋め込まれた。求めていた力じゃない」
「遺物というのは訳の分からない力でス、責めている訳じゃないし彼女を敵だと思っている訳じゃない。ただ、そういう可能性もあるという話でス」
「ふざけるな、オイはそういう人間じゃない」
ジャックの言っていることは理解できる、だがオイを疑うということはしてはならないことだ。彼女は被害者であり、力を得たあとも無闇矢鱈に振り回すような人物ではない。
何も持ちえない状態で、なおも周囲に優しさを配るような人だ。
「…はぁ、まぁいいでス。口喧嘩がしたいわけじゃない。続いて王国について話させてもらいまス」
俺が不機嫌さを前面に押し出している中も極めて冷静にジャックは続けた。
王国は現在、レント北部都市についての対応を決めあぐねている。できる限り武力で対抗するという手段は取りたくないらしく、徹底的に対話での対応を試みているが既に後に引けない状態の市民らは折り合いをつけられなくなっている。
武器を仕入れているという話もあるし、貴族を軟禁しているわけで仮に穏便に済ませたとしても彼らの処遇は重たいものになる。
「ミクという人物に心当たりはありまスか?」
「あぁ」
獣人の姉弟の次女だ、あの夜俺を庇ったように見えた奴隷の少女だがなぜその名前が今出てくる?
「彼女は現在、騎士の見習いとしてどこかの都市で鍛錬をしていまス。どうも彼女はアレンのお気に入りらしく、その姉がいるせいで北部都市には王も手を出しにくいみたいでス」
別に武力対話を仕掛けることもできるがアレンという存在がそれをさせないでいるようだった。だがなぜだ?王に忠誠を誓っているのが"円卓"なら別にアレンがどう思おうが命令すればいいだけなのでは?
「"円卓"には自由行動の権利が与えられていまス。つまりアレンが都市側につくということも可能でスし、アレンが抜けたら王国はかなりの痛手になりまス」
「でも勇者がいるだろ?」
「その勇者は現在王国に戻れない、それにアレンは勇者の先生でス」
あいつ、強いとは思ってたがまさかそこまでだとは。勇者にものを教えられるようなやつなんて後にも先にもあいつだけなんじゃないか?
「エースたちは今何を?」
「貴族が主催するパーティーに潜入して繋がりを作っていまスよ、というかほぼ脅しでスが」
「アラクネが上手いことやっているみたい、ラーマとカクエンはミクの行方探しね。勇者と国に対しての不信感が強めているのはレント北部都市は台風の目のおかげだから」
「まぁそんなところでス、また何か分かったら報告しにきまス」
そう言ってジャックは家から出ていき、直後に風呂から上がったオイがリビングに戻ってくる。火照った体から湯気を立ち上らせ、焦点の合わない目でぼーっと天井を見ていた。
「お風呂…すごいですね…あんなにお湯がいっぱい…」
彼女のどこを見て、疑うことができるというのか。




