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右手に強欲を、左手に憤怒を。-異世界で全てを奪われた俺が全てを奪い返すまで-  作者: イカネコ
魔法学園編

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102作目 カトレアの花が咲く頃に

世界がスロウになっていくような感覚がした。イザナの顔にはべったりと赤黒いものが張り付いて、純白のワンピースは徐々に赤く染っていった。

何倍にも引き伸ばされたイザナの叫び声の中で、コールの瞳孔が徐々に暗くなっていく。あたしはこれを知っている、何度も回復魔法士として働いたが間に合わなかった人と同じ目をしていた。けれど彼らとコールの明確な違いは表情だった。苦悶の表情を浮かべていた彼らとは違い、コールは先程までの驚愕した表情のまま徐々に死んでいった。斬られたことすら気付かないような、本当はまだ生きているんじゃないかと思うような。

まぁともかく、あたしの脳みそは理解を拒んでいた。コールはこんな死に方をしていいはずがないし、先程まで泣きながら食事を取っていた少年が今は口が避けたように笑って赤くなった剣を振り上げている。でも冒険者として長く働いていたおかげか、自然と体は魔力を使って詠唱を終えていた。


「火ノ段 7行目 焔剣」

「火ノ段 6行目 蛍火」


焔剣を3本放ち、直後に上から炎を降らす蛍火を使う。限界まで遅くなった世界で放った魔法のおかげか、少年の肩を焼き貫いた。直後に世界は元の速さに戻り、少年とイザナの絶叫が頭に響いた。この世の終わりみたいな二重奏に堪えられず、イザナの手を引いてすぐに走った。


「あぁあぁ…コールが…あぁあああ…」

「今は後にして!とにかく走って逃げる!!!」


イザナの悲痛な泣き声が心を締め付けた、コールが死んだという事実も未だ飲み込めずにいるし彼の死は少なからずあたしの心に傷をつけた。あたしの魔法で思考力が削られているうちにもっと遠くまで逃げないと、名無しくんが来てくれたらなんとか…いやだめだ、コールすらも一瞬で殺したあの子が来れば彼だって死んでしまう。それにまだまだ辿り着かないのかもしれないし、助けが来るなんて楽観視するのはやめよう。

()()()()助けるんだ。

ひたすら走り、とにかく山を下った。しばらくしたのち、背後からとてつもない爆炎が上った。

5行目の墳爆…?使えるの?いや、とにかくそんなのは後、少年は間違いなく狂ってる。それに間違いなく強い。彼に追いつかれたら殺される。あたしは良いとしても、イザナだけはなんとか生きて帰さないと…!


「ばぁ!」

「!?」

「ひっ…」


突如目の前に現れた少年に対し、咄嗟に詠唱を始めるも顎を何かで揺らされて視界がぼやけて舌を噛んで血が出た。脳が揺れたせいで意識もままならない、舌から血が止まらないせいで詠唱もできない。


「ぃや!やめて!離して!!赤ちゃんがいるの!お願い!」


あたしはなにかに寄りかかったまま、立ち上がることができずにいた。時折耳に聞こえるイザナの声は苦しそうで、泣いていた。だというのにあたしは立ち上がることすら出来なかった、いや意識を繋ぎ止めることが精一杯だった。

でもそれも限界で、あたしは前に倒れて意識を失った。次に目を覚ましたのは若干の肌寒さと体が揺すられたおかげだった。

息も絶え絶えで瞳孔が完全に真っ暗になったイザナと目が合った。死んではいないようだったが深く深く絶望していた。怒りと悲しみが同時に込み上げた。小さく、「赤ちゃん…赤ちゃん…」と呟いていた。


「そいつもう壊れちゃってっから、次お前ね」


あたしの上に跨って服を脱がしていたのは少年だった。口の端から唾液を垂らして、酷く興奮した目で見下ろしていた。呼吸は浅く回数も多く、なんだか人間に見えなかった。

何度も何度も詠唱を唱えようとしたが上手く紡げなかった。舌が上手く動かない、というより感覚がない。喋ろうにも喋れない。

少年は上着全てを剥ぎ取り、あたしを仰向けにした。

目が合った、怒りもあったが恐怖した。何度も身を捩って逃げようとしたができなかった。


「誰か!誰かいないか!!!」


そこで名無しの声が響いた。初めて聞くような切羽詰まった声だった、少年は興が削がれたような顔をしたあと立ち上がってあたしを木に縛り付けてその声の方へ向かった。

名無しはきっと殺されてしまう、イザナを抱えて早く逃げなければ。そのとき、視界の端に砂時計が見えた。馬鹿げている、こんな場所になぜこんなものが?あたしたちの持ち物ではない、けれど少年が持ち歩いているようなものでも無い。

ただなにかこの現状を打破できるような気がして、足で手繰り寄せた。それに触れた途端、理解した。あたしに新しく芽生えた魔法とは異質の能力。


「1日」


後にも先にもそれっきりだ、()()()()能力を使ったのは。


「〜〜〜ッッッッ!!!!!!」


口元や全身に痛みが集中した、のたうち回りそうになるほどの激痛のあとようやく口も動くようになった。即座に10行目の灯火を使い、縛り付けていた布を焼き切った。そしてイザナを抱えようとして、気づいた。両足が切断されていた、股関節から先がなく、ホースのようにそこから大量の血が出ていた。自分の能力は完璧に理解していた、時間を進めたり巻き戻したりする分、発生したダメージや治癒に伴う痛みなどを同時に負うということを。それでもイザナを救えるならばどうということはなかった。


「だ…め…」


イザナが振り絞るように出した声が鼓膜を揺らした。イザナの手を握り、何度も叫んだ。


「何がダメなんだ!ふたりで生きるぞ、絶対に…」

「お姉ちゃん…死ん…じゃう…」

「死ぬもんか、あぁ死ぬもんか!こんなところで死ねない!あたしも、お前も!!!」

「い…きて…」


僅かに握り返していた力がとうとう抜け切り、イザナの目は完全な黒になった。深い喪失感が心に穴を開けた。大切な半身が抜け落ちたような、自他の境界が曖昧になるような感覚がしてふらふらとした。涙が溢れて止まらなかった。


「あぁ…神様…お願いです、イザナを生き返らせてください」


そう何度も願った、けれど答えは返ってこず少しばかりの時間が過ぎた。背後で立ち上る煙と少し下降してきた熱気が強制的に現実に引き戻らせる。「生きて」と最後に口にしたイザナの声が頭の中で反芻した。

彼女を背中に抱えてシャツで縛った、そしてここから一刻も早く離れるべくひたすら走った。街へは向かえなかった、少年が戻るかもしれない。どこかでばったり会うかもしれない、とにかく森の奥へ、ひたすら奥へと走った。そして誰もこないような大樹の下に彼女を埋めた。

背中にずっと残っていた小さな重みはそこで完全になくなった、イザナの笑顔は心の中でしか見えなくなった。

いくらか夜を越したころ、腹の虫が収まらなかった。なにか食べるものはあったかとポケットの中を漁ると、煙草が出てきた。

枯れた涙が再び溢れた。どうせこんなところには誰も来ないと恥も外聞もしらずに泣いた。そうして1本口に加えた頃、鴉が鳴いた。


「こんなところにドラゴンが出たなんて嘘でしょう、ねぇ?お姉さん?」


そうしてあたしはエースに出会い、墓標に名を刻むことになった。

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