お前を殴ることに抵抗は感じないぞ
僕は校庭へと出た。
空は、もう暗くなっている。
「一番乗りか」
校庭の中央に、生徒が一人立っていた。
肩で息をしながら、ヘッドギアとグローブを身に着けている。
「暴走してる生徒ってのは、あれで間違いなさそうだね?」
《そう。あの生徒で間違いないよ》
「ナノパーツは、あのヘッドギア?」
《それと、グローブもだね》
「なるほど。分かった」
僕は、腰のホルスターから六号を取り出し、首筋に打ち込んだ。
脳内でキュイィィィィンという起動音が聞こえる。
「唯一君!大丈夫?」
声に振り向く。
軀方さんが、こちらへ走ってきていた。
「軀方さん、僕も今来たところです」
「そうなんだね」
軀方さんが隣に並ぶ。
校庭の中央では、暴走した生徒がグギギと歯をむき出しにしていた。
あれ?
でも、よく見ると―――。
「杷生笨?」
「そう、暴走した生徒は杷生君なの」
「なんで、そんなことに?知ってますか、軀方さん」
「えっとね。実は……過藤先生に頼まれて空手部に新しい防具を運んだの」
「それが、あのヘッドギアとグローブ?」
「うん。部室に運んだら杷生君がいて、早速着けたら……」
「暴走した、と」
「そうなの。だから、私が対処するね!」
そう言うと、軀方さんは杷生の前へ飛び出た。
すかさず襲いかかる杷生。
けれど、その攻撃を軀方さんはヒョイヒョイと躱していく。
……僕の出る幕はなさそうだ。
僕はミゴちゃんに話しかける。
「ミゴちゃん。あのナノパーツは、どういうモノなの?」
《あれは【誘いの胸元】。脳のリミッターを解除するナノパーツだよ》
「なんで、そんなものを……」
《警備員の強化を目的として開発されたんだよ》
「そうなんだ。でも、脳のリミッターを外しただけで、人格があんなんなるの?」
《それは、モニタリングした人物に関係してるよ》
「その人物って?」
《脳のリミッターを自在に操ることができた死刑囚》
「……また死刑囚」
《その死刑囚の脳波をマッピングして、投影できるようにしたのが、あのナノパーツ》
「もちろん、テストはしたんだよね?」
《テストの結果は、大体の被験者が気絶。脳にダメージを負って、植物状態か死亡》
「つまり、欠陥品ができたわけだね」
《そして、初めて起動に成功したのが杷生君》
「でも、暴走してるから、結局のところ欠陥品だ」
《そういうことになっちゃうね!》
「ところで、暴走を止めるにはどうしたらいい?」
《ヘッドギアを外せば大丈夫!》
「分かった。ありがとう!」
《どういたしまして!》
「ちなみに……もしかしてだけど、これを作ったのも僕?」
《そう!〝一学期の唯一君〟だよ》
「また〝一学期の僕〟か……」
負の遺産ばかり残しやがって。
僕は、心の中で舌打ちをした。
「えいっ!これでおしまいです!」
そうこうしているうちに、軀方さんが杷生の手を取って投げ飛ばした。
そのまま腕を逆に極め、身動きを封じる。
「軀方さん。ヘッドギアを外せば終わりです」
「分かった。ありがとう、唯一君!」
軀方さんがヘッドギアに手を伸ばす。
《そういえば、あのグローブには気を付けてね!》
「なんで?」
《相手を制圧するために、超高圧のスタン機能があるから!》
「なっ!軀方さんそいつのグローブから手を放し―――」
バチンッ!
激しい音と共に閃光。
軀方さんの身体が吹き飛ぶ。
僕は、すかさず息を止めた。
止まった時間の中を駆け抜け、軀方さんに近づく。
その身体を抱き締め――息を吸った。
「大丈夫ですか、軀方さん!」
「大丈夫。少し驚いただけ」
見ると、軀方さんはケロッとしていた。
……もしかして、音と光が派手なだけで、攻撃力はあまりないのか?
自由になった杷生が、こちらを睨む。
「あのグローブに触れないように制圧するのは、難しそうですね」
「うん。少し考えないといけないかも」
「ちょっと面倒くさいので、気絶させましょう」
「唯一君?」
「だから、次は僕が行きます」
僕は軀方さんをそっと立たせ、前へ出た。
杷生がピクッと反応する。
「唯一ぃぃぃぃぃぃっ!」
杷生が突進してくる。
僕は【粉砕衝撃装甲】を展開した。
迫る拳。
僕は息を止める。
時間が停止した。
拳を避け、右腕を振りかぶる。
空気抵抗を利用し、限界まで力を溜める。
力の膨張が臨界点に達した瞬間――息を吸った。
「――クラァッシュッ!」
僕の拳が、杷生の顔面を捉える。
【粉砕衝撃装甲】の衝撃が、拳から突き抜ける。
「ガハッ……!」
杷生は白目をむき、その場に倒れていく。
……でも、まだ意識がある。
杷生が僕の身体へ手を伸ばす。
そして――グローブが身体に触れた瞬間。
―――バチンッ!
激しい衝撃が、僕の身体を貫いた。
「グフッ!」
僕は軀方さんの方へ吹き飛ばされる。
地面にドサッと落ちた。
その痛みのおかげで、意識を失わずんに済んだ。
「あの……軀方さん」
「なに?」
「驚いただけって、結構痛いし、気絶しそうなほど痺れるんですけど」
「あ、えっと……あのくらいなら、訓練より辛くなくて」
「……軀方さん、どんな訓練してたんですか」
軀方さんの差し出した手を掴み、立ち上がる。
杷生を見る。
まだ倒れている。
「いつもスマートに終われないな、僕は」
「でも、カッコよかったよ。唯一君」
「んー……とりあえずヘッドギアを取っちゃいましょう」
「そうだね!」
二人で杷生を見下ろす。
完全に気を失っている。
僕は、ヘッドギアに手を伸ばした。
指先が触れそうになった――その瞬間。
杷生が、カッと目を開いた。
「!」
僕と軀方さんは、同時に後方へ飛び退く。
間合いを取って、構える。
「あれだけの攻撃を受けても、この程度のダメージなのか」
杷生が、むくりと起き上がる。
肩に手を置き、首をゴキゴキと鳴らした。
「もう一発……いや、二発入れてやれば流石に―――」
「待って、唯一君」
前へ出ようとした僕を、軀方さんが片手で制止した。
「なにか、様子がおかしい」
立ち上がった杷生は、自分の手足を眺めていた。
そして、ゆっくりと動かしていく。
何を確認しているんだ?
そのまま軽く準備体操のような動きをすると――突然、直立した。
「んあー……やっと自由だぜー」
そう言って嗤う。
その顔は、高校生ができるような笑い方じゃなかった。
もっと黒い意思を持った、邪悪な存在。
「杷生君?」
軀方さんが呼びかける。
「杷生?あー、この身体のことか」
杷生は自分の身体を眺めながら、ニタリと笑った。
「残念ながら、今は杷生じゃないぜ」
「どういうことだ」
「お前はあの坊主か!俺をこんなんにした学生!」
杷生の姿をした何かが、僕を睨む。
「実験中はクソムカついてたけど、今にして思えば感謝だぜ!」
「つまり、お前は実験体なんだな?」
「あんなに仲良くしてたのに、忘れたとはつれぇぜ!」
そう言って、杷生の姿をした何かはヘッドギアを指差した。
「今はこんな姿だが、俺は――」
「興味ない」
「……あ?」
「実験体なら、倒すだけだ」
「興味ない。よく言われたな」
杷生はニタニタと笑う。
「まぁいい……俺を止められるのか?」
「そのヘッドギアを外して、杷生を取り戻す」
「それは嫌だねぇ……。俺はまた自由にやりたいってのに」
「なら、どうする?」
「簡単だろ?」
杷生が拳を握る。
「お前らを倒して、逃げる。これに限るな!」
「そうはさせるか!」
僕は先手必勝!
息を止め、時間を停止する。
実験体との間合いを一気に詰め、拳を振りかぶる。
グッと力を溜める。
そして、息を吸った。
「クラッシュ!」
拳が、先ほどと同じように顔面へ直撃する。
衝撃も、同じように突き抜けた。
――だが。
今度は、倒れなかった。
口元が嗤っている。
「この身体は頑丈で助かる」
直立したまま、微動だにしない。
……いや。
次の瞬間、僕の顔面に衝撃が走った。
「うぐっ!」
身体が吹き飛ぶ。
軀方さんのところまで飛ばされながら、なんとか態勢を立て直して着地した。
ダメージは、そこまでない。
「今、アイツはどんな攻撃をしましたか?」
「えっと……普通に唯一君を殴ってたよ」
「普通って、全然見えなかったんですけど!」
「もしかしたら、武術の経験者で、殴り方が特殊なのかも」
「相手に見えないように殴る技術……厄介ですね」
一発でダメなら、次は連打だ。
そう思って一歩踏み出した、そのとき。
実験体がグローブを外し始めた。
「コイツは邪魔だな。やっぱり素手が一番だ」
グローブを外し終わると、実験体は構えた。
その構えは――以前戦った杷生のものだった。
「なんで、その構えを知ってる!」
「どうやら、乗っ取った相手の技術を、俺も使えるようだ」
「なんだよ、それ……」
厄介なことになった。
実験体は、完全に杷生を掌握している。
しかも、脳のリミッターまで解除されている。
以前戦った杷生より強い。
なにより――頑丈すぎる。
【粉砕衝撃装甲】の一撃を受けても、平然としている。
むしろ、無傷。
今の僕には、杷生を気絶させられるほどの攻撃力がない。
かといって、いつ逃げ出すか分からない実験体を前に、他のメンバーの到着を待っている余裕もない。
でも、軀方さんにも任せられない。
下手をしたら、杷生がまともに生活できない身体にされてしまう。
「……どうしたら」
僕は腰のホルスターに触れた。
もう一本、六号を打てば、さらに強化できるかもしれない。
そう思った。
――そこで、あることを思い出した。
「そういえば……これがあった」
僕は、もう一本のナノパーツ注入器を取り出す。
「――一号」
《唯一君!それはダメだよ!身体が壊れちゃう!》
「でも、やるしかない!」
強化ナノパーツ試作品――一号。
強化に特化しすぎた結果、攻撃時の衝撃に身体が耐えられず、使用者自身がボロボロになる失敗作。
これなら――杷生の防御力を抜けるかもしれない。
僕は、一号を首筋に当てた。
――プシュン。
全身を駆け巡るナノパーツ。
その起動を、脳内で感じた。
どうも、雁木真理です。
今回も投稿出来ました。
感想、ご意見、ブクマありましたら嬉しいです。
それでは、皆様に楽しんで頂けましたら幸いです。




